連載短編小説『それでも人生に』 ④ | あなたのココロ、治します。

連載短編小説『それでも人生に』 ④

私は大学受験に失敗し、二流の大学に行くことになった。兄は一流大学に進学していたが頭のレベルは同じくらいだったし、高校は私の方が良い所に入った。兄と同じ文科系に進んでいれば私も一流大学に入れたと今でも思っている。数学ができたことと車が好きだったこと、父親と兄への反発心とで理科系に進んでしまったことが失敗だった。それがなければあんなに大きなことを何年も引きずることはなかったのだ。

私は受験失敗の現実を受け入れることができなかった。無意味に高いプライドが邪魔をして学校にはほとんど行かなかった。当然留年が決定した。その直後に運転免許停止の通知が実家に行った。

「どういうことか説明しろ!」と言う父親からの電話がアパートに入った。父親に怒鳴られることが死ぬほど怖かった。ついに神は自分を見放したと思った。「死ぬしかない」それは自分の判断ではなく、お前は自然淘汰されるべき人間なのだという神からの死刑宣告のように思われた。

私は自殺をする場所として代々木公園を選んだ。アパートの部屋で死ねば管理人や他の住人に迷惑が掛かるし、青木ヶ原樹海などといった定番の場所では遺体の捜索に何百万円も掛かり、家族に迷惑が掛かると考えた。誰にも迷惑がかからない所、そして死後何年も遺体を発見されないのではやはり寂しいので、比較的遺体が発見されやすい所、そう考えて頭に浮かんだのは代々木公園だった。今考えてみると生きることに対する甘えがあることが分かる。自分が死にたいと思っていることを誰かに知ってもらいたい、辛かったんだねって慰めてもらいたかったのだ。

四月の始めで、公園では人々が芝生にレジャーシートを敷いて花見やコンパを楽しんでいた。誰もが幸福そうだった。この世で不幸な人間は自分だけの様に思えた。私はそんな中をすり抜けるようにして死に場所を探した。人目につきにくい場所は意外になかった。そこで人気の少ない芝生に陣取ることにした。持ってきたのは精神科の外来通院でもらって飲み切れなかった睡眠薬を含む向精神薬二百錠と、それらを飲み干すための安いウイスキーだけだった。

ウイスキーは嫌いだったが薬を十錠くらいずつ流し込み始めた。ひどく気分が悪かったがなんとか二百錠の薬を飲み終えた。そして芝生に横になった。このまま意識が無くなって遺体になることを望んだが、眠りにつけなかった。芝生には虫がいて体のあちこちが痒かったし、四月に入ったばかりの夕方ということもあって辺りは寒くなってきていた。意識が遠退いていく中、やはりアパートの暖かい蒲団で気持ちよく眠りたいと思った。

死のうとしている人間が快適性を求めるなんて今考えればおかしな話だが、私は起き上がって原宿駅の方向に歩き出した。下半身の感覚がすでに無く、地面を踏んでいる感触が無かった。しかしなんとか歩いて駅で切符を買い、総武線に乗った。意識と無意識の境界線の辺りで電車を下り、アパートまで歩いた。アパートに着いても蒲団を敷くほどの余力はなく、畳に横になった。ひどく気分が悪かった。どのくらいの時間ああ、とか、うう、とかいったうめき声をあげていただろうか。やがて意識は失われた。後で聞いた話によると声を聞きつけたアパートの住人が救急車を呼んだらしい。気が付いたら病院のベッドの上にいた。