sarthe24のブログ(30度バンク研究所byBAMヨコハマ)

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お気楽趣味人のテキトーに興味を持ったもののブログです。



YAHOOブログから通算して13年、気まぐれに取り留めない内容で書き続けています。





久しぶりに地元横浜の名店勝烈庵行きました。私が子供の頃のご馳走といえばここの勝烈かハンバーグだったのです。

この店の勝烈定食はヒレカツなのですが柔らかくて揚げたてコロモは熱々サクサクでしかもソースが美味しくてそれだけでもご飯一杯行けそうです。

ご飯とキャベツはおかわり可です。

ソースは昔から勝烈全体にまんべんなく掛けてしまいます。辛くなくて新鮮なソースなので全然大丈夫です。ハンバーグのデミグラスソース感覚と言うのが近いでしょうか?

まずはキャベツにソースをたっぷり掛けてご飯を食べて、次に揚げたての勝烈をソースを絡めていただく。合間に赤味噌のしじみ汁をいただきながらご飯のおかわりはお約束。ご飯と共にいただくと美味しさが一層引き立ちますねえ。

普段少食なのでご飯は一杯で終わりですがこの日は二杯目に行ってしまいますねえ。

最後はしじみ汁の残りと漬物で仕上げにご飯をいただきました。









ういろうというと名古屋の青柳ういろうがあまりに有名でありますが、どっこい神奈川県にもういろうが有るのです。小田原のういろう、仕事で小田原まで行ったので小田原駅前の支店に行ってみました。

この小田原のういろうは薬屋さんで売っております。ういろうを始めとした和菓子と共に薬の処方箋も受け付けてくれます。

とりあえずオーソドックスな小倉のういろうを買って帰りました。久しぶりに食べると独特の食感でお茶をいただくと美味しいですねえ。







子供の頃から自動車が好きだった私はデパートの屋上のドライブゲームで遊びました。10円を入れるとベルトの上をおもちゃのクルマが走って、それをハンドルで操作してコースから外れない様に運転したのでした。家庭用の小さな筐体にもなっていたので買って貰って家で遊んでいました。こんなのでも当時は熱中出来たのでした。

今ならプレステでグランツーリスモやコンピューターでアセットコルサでしょうねえ。




私が子供の頃のゲームといったら野球盤やサッカーゲームといった立体的デザインのゲームと人生ゲームのような盤ゲームでした。大学生になった頃、液晶画面のポケットゲームがブームでありました。

何せ単純ながらもコンピューターで制御されていることでこれまでのおもちゃの感覚とは別モノでありました。単純なゲームが1種類だけ出来るだけの物でしたが、これが後にゲームボーイやPSP、ファミコンやプレステにつながっていく重大な分岐点でありました。

電車の中で熱中して乗り過ごしたなんて良く有りました。





壬生町のおもちゃ博物館、私が子供の頃遊んだおもちゃがいっぱい並んでいます。

昔は学校から帰った後、友達と家で家庭用のアーケードゲームで遊べたものです。その頃の流行りで色々なゲームが有りました。コンピューターゲームなんて無かったので立体で作られたゲームがリアルに感じました。

昔の男の子は野球が好きな子が多かったですねえ。野球盤で遊びました。ホームランで球が無くなってしまう事も有りました。ボーリングがブームになった頃はミニチュアのレーンにピンを立てて倒すボーリングゲームも流行りました。段々進化してピンが立てやすくなりましたねえ。サッカーゲームもやりました。

レバーで人形を操作してボールを動かすのでたまに激しく動かしてゲーム盤自体が宙に浮いてました。

競馬ゲームやスロットマシンやパチンコなどのギャンブルのゲームも有りました。

今ならプレステとかのソフトでバーチャル画面でやるのでしょう。それはとてもリアルだったのですが、あの頃のゲームは立体的な造作物で立体感覚が身に付いたと思いますねえ。










何度か紹介の横浜第2合同庁舎のレトロな喫茶室、先日はナポリタンでしたが今回はカレーライスにして見ました。

ちゃんとグレイビーボートで出てきました。スプーンがナプキンで包んで出て来るのもいかにもですねえ。

味はしっかり煮込まれた日本のカレーであります。辛さを求める人にはちょっと物足りないかもしれませんが懐かしいカレーの味であります。

そしていつものしっかり焼いたプリンもお約束ですね。












壬生町のおもちゃ博物館。昔懐かしいおもちゃが並んでいます。

ママレンジを見て思わずコマーシャルソングを口ずさんでしまいました。

子供用ながらホットケーキが焼けましたねえ。我が家も妹が持っていたので何度かホットケーキを作ってもらいました。おままごとの進化形でしたがこうして遊びながら本当に料理を作るのを経験したりしたのでした。



昔は家の居間やオフィスどころか街中や電車の中、バスの中でも平気でタバコが吸われていました。

私の家は喫煙者はいなかったのですが、母方の祖母が喫煙者で、それも若葉とかの安い強烈なタバコを吸っていました。その頃祖母はタバコをのむと言っていましたので水やお茶を飲むのと同じ様な感覚だったのかもしれませんねえ。

大阪の赤レンガ倉庫の壁でみた看板。“たばこのむな”という文言。レトロ展示の一環で当時物を使っていると思いますが、思わず祖母の事を思い出してしまいました。




壬生町のおもちゃ博物館。懐かしいおもちゃの展示でいっぱいです。

昔の子供達は21世紀になったら街中ロボットがいっぱいでクルマは空を飛んで、宇宙人が円盤に乗って来たり円盤で宇宙旅行をする事なんて想像していました。

おもちゃにもそれは反映されていて、ブリキのロボットや宇宙円盤が流行っていました。電池を入れると動くおもちゃなのでそこそこ高価だったのでしょうねえ。我が家にもいくつか有って遊んでいた記憶がうっすらありますねえ。








壬生のおもちゃ博物館に寄りました。そこには子供の頃遊んだ懐かしいおもちゃの展示がいっぱい。

我々の世代では当たり前だった物が絶滅してしまって今の子供達にはまったく分からなさそうなおもちゃもありました。

レジスターなんてもう見なくなりましたねえ。レジ打ちなんて言葉も無くなってしまいそうです。今はバーコードリーダーでしょう。

ダイヤル式電話なんてもう骨董市で見るくらいでしょう。今の子供はダイヤル式電話の使い方も知らないみたいですねえ。

もっとも今の子供達にはこんなおもちゃが有っても見向きもしないでしょうねえ。