この前、カウンセラーと話をした。

私が「両親からの愛情を感じない」と話したら

「私だって、そんなの感じた事ないわよ」と言われた。

「そういうものだ。親からの愛情というものに、幻想を

抱いているのでは?期待しすぎでは?」


というような事を言われた。

言葉は難しい。

その人の捕らえる愛情という言葉と、私の言う

愛情という言葉に隔たりがあるように感じる。


アスペルガーだという診断を受けた事がある。

言葉にこだわりすぎな所があるのは分かる。

やたらと定義にこだわるクセがある。


しかし、言葉というのはコミュニケーション上の

大切なツールであり、間違って使えば、間違った

解釈になってしまうのではないか。

だからこそ、言葉の意味を知った上でちゃんと

使い方を理解しないといけないと思う。


私と両親との溝は、まさにそこだと思う。

母親が「私、言葉足らずでゴメンネ」と言われた。


果たして「ゴメンネ」で済まされるのか。

それで済まされるなら、私はこんなにも

思い悩まなくて済んだだろう。


カウンセラーが「親からの愛情なんて貰わなくたって

私はそんなに悩まなく、強く生きられるわよ。

アナタも、私みたいに強くなれればいいのにね」

と言った。

どうなのだろう、この返答。

「そうですね」としか言いようがない。


そしてその通りに生きられれば苦労しないだろう。

では、何故私はこんなに苦しいのか。

何故こんなに寂しいのか。

何故こんなに死にたいと思うのか。


カウンセラーの回答は、何の解決にも、何の

救いにもならなかった。

むしろ怒りすら覚えた。

何故だろうか。


ただ一つ思うのは、そのカウンセラーという

職業として、私に対してのその答えは

いかがなものかと思った。


そういう答えがいい人もいるのだろうが。

私には何の解決にもならなかった。

そう思ったのだ。



小学校の時、母に言われた言葉がひっかかる。


母:「こんなにもアナタを愛しているのに、

 どうして分かってくれないの!?」



分からない私が悪いのか?

別の日に聞いてみた。



私:「私の事、愛してるの?」

母:「もうちょっと家の事手伝ってくれたらねぇ~」



と返された。

真面目に聞いている時に、冗談で返されるのも困る。

聞いた状況が悪かったのかもしれないが。


1年くらい前に、「軽度の広汎性発達障害」があると

診断された。

冗談が理解しにくく、社会生活で不適応な事が多い

ので、カウンセラーに相談してたら、どうやらそういう

障害があるそうだ。


今更・・・と思ったのだが、やたらと冗談を

真に受けすぎな自分が悪いと思っていた。



だから、両親は自分を愛しているのだと思った。



でも、やっぱり違うように思う。


「あなたなんか産まなければよかった!」


は冗談には取れない。

その後のフォローもなかった。

母は、決して謝らない。

言い訳ばかりだ。


約束の時間を30分以上遅れても、決して謝らない。


「忙しかったのよ」

「道が混んでて」

「お母さんも一生懸命なのよ」


私が、「それはアナタの都合でしょう。私が待っていた

事に対して謝るのが礼儀であり、しつけでは?」

と言った事がある。


すると「忙しかったって言ってるでしょ!!そんな風に

言わんといてよ!!どうして人の気持ちを分かろうと

しないの!?」


と言われた。

そう言われると、どう答えていいのか分からなかった。

人の気持ちを分かって、飲み込むのが正しいのか。



言葉は難しい。

でも、時間に遅れた事に関しては、謝るべきだと

今でも思う。


しかるべき時にはしかり、褒める所では褒める。

このめりはりが、教育であり、人を育てる事

ではないか。



親の背を見て、子は育つ。



社会に出た私が、真っ先に怒られて傷ついたのは、

この親の態度を真似た事だった。





私はよく、「何のために生きているのか。」

「何故生きているのか」を考える。


友人に話をすると、そんな事考えたこともないらしい。

逆に「しんどくない?」とか「考えなきゃいけない事?」と

返される。


私も、何故こんな事を考え続けているのか不思議だった。

でも、それを常に自分に問い続けなければ、生きている

理由や意味がなかった。



小学校5年か6年生の頃、母に言われた言葉。


「ちゃんと養ってあげてるでしょう。

 えらそうな口ききなさんな」


何の会話でそういう言葉になったのかは覚えてないが、

この言葉に、何かが引っかかったのは覚えてる。


「こんなにお母さんを困らせるなら、

 アンタなんか産まなきゃよかったわ」


たぶん、皆一度は言われた言葉だと思う。

友人は、「そんなの何回か言われた事あるよ」と

平然と言ってのけた。


しかし私には衝撃的だった。



「じゃぁ、何故産んだのだ」と。



それ以降、真剣に「生きる意味」を考え始めた。

理由がないと生きていけなかった。

常に捨てられる、養ってもらえない不安感があった。

常に親の顔色を伺うようになった。

もはや、本能に近いような気がする。

生きるための本能として。


中学に入ってからは、あまり面と向かって

親に反抗しなくなった。

まだ養ってもらわなくては困るからだ。


中学に入ってからは、よくイジメにあった。

アトピーも徐々にひどくなり、血まみれで

学校に通った。

今思えば、よく耐えたなと思う。



しかし、子供が親を困らせるのが、そんなにも想定外

だったのか。

今でも思う、「じゃぁ、産むなよ」と。

自分の辛さを子供に押し付けるのか。

育児って、そういうものなのか。


子供の前では、「親」はどんな時でも「親」で

あらなければならないと思う。

役割としてだ。

きっと私の母親も色々あってツライのだと思う。

でも、それを子供に「分かって」と叫ぶのは違うと思う。

アナタは親なのだ。

子供が出来るというのは、親になるという事なのだ。


それが受け入れられないのなら、産むべきではないと思う。

子供にまたその運命を負わせる事になるのだから。







このブログを書くキッカケとなった出来事。


私はたまに、父の仕事先で仕事がある。

先日、仕事先に私が携帯電話を忘れた。


たぶん仕事場で忘れたのだろうと思い、

家から(一人暮らし)電話をしてみた。

父がいるなら、取ってくれるだろう思った。


他で忘れて、誰かが拾ってくれていても、

誰か電話に出てくれると思った。



誰も出ないので、とりあえず仕事場に取りに戻った。

すると父がいた。

椅子の上に、携帯が置いてあった。




私:「携帯鳴ってたの分かった?」

父:「ピーピーうるさかったで」

私:「電話取ってよ。焦ったんだから」

父:「他人の携帯なんか、気持ち悪くて取られへんわ」




と言われた。

そんな父。

いつもの口調なので、いつものように

惨めな気持ちで帰ってふと思う。



何てことのない会話のように思ったのだけど、

父との会話はいつもこんな感じだ。


夜遅くに実家に荷物を取りに行った時も、

普通に鍵を開けたら、チェーンがかかっていた。

すると父が出てきて



父:「お前か。日本刀で斬りつけてやろうと思ったわ」



と真面目な表情で言われた。

何だろうこの気持ち。


愛しているのか?と聞く勇気もない。

いつもこういう感じで話しかけられる。


昔の記憶が曖昧な私だが、最近少しずつ鮮明に

想い出してきている。

大抵はツライ思い出ばかりだが。

カウンセリングにも通い始めた。


怖いのは、小学校3,4年生頃の記憶が全くない事。

小学校5年生の時は、自殺しようと試みた。

何があったのか。

パンドラの箱のようだ。