みなさんお久しぶりです。
少しずつ冬を感じる日々になってきています。
みなさんいかがお過ごしでしたか。
父が亡くなってからいろいろありました。
その中のことを少し綴らせていただきます。
久しぶりのブログになります。
そして
これはわたしの最後のブログになります。
去年、ブログを一度やめました。
そのことは致し方なかったこととお伝えしていたかと思います。
そして、その中身をここでは伝えられませんでした。
そのときは自分自身でも一体何が起きたのかわからなかったとも書いたと思います。
それが自分の中との再会により、明かされました。
父が亡くなって数日後です。
すべてを打ち明けられました。
いろいろなやり取りをしました。
それがいまようやく落ち着き、ようやく書ける自分になっています。
その存在からたくさん話をきき、自分の人生を最初からすべて考え直すということをしてきたという時間がその流れだということになります。
そのために、たくさんの持ち物を捨てて、無くすということも体験としてあります。
そのことでたくさんの人たちの気持ちも知りました。
それはわたしたちは、みんないっしょに探している大切なことを知るためだったこととお伝えしたいと思います。
その中に、今まで要らなかったものがとても大切なものだったことも知りました。
だけど、その大切なものも今は必要はないものと捨てています。
なので、わたしたちが多くの知らない時間を過ごしているということ知ったことは、
わたしにおおきなこととなっています。
それが今のわたしというカタチになりました。
自分が考えることは、いつも外から動かされているということはみなさんにお伝えしたいと思います。
それは他の人からかもしれないし、もしかしたら自分の中からかもしれないと、お伝えしたいと思います。
よくよくの時間をみんなたくさん抱えて生きていることは、たくさんの要らない余計なものをしている時間になっています。
その中で選んでいない時間について、みなさんは知らない時間があったかもと思っていると思います。
ですが、それは自分では選ぶことはできない時間だったということをわたしは知りました。
どうか後悔は捨てて、これからはたくさん生きて、たくさん喜んでみてください。
実際は、わたしは父の看取りについて少しだけ後悔もしてもいます。
それは、自然死というカタチのやり方にあります。
わたしは父に負担のないかたちで看取ることを決めたつもりでした。
ですが、それは間違いもあったかもしれないとわたしの中の存在から告げられたのです。
点滴はやらないという完全な自然死よりも、ほんの少しだけ点滴を入れながら看取るというかたちの方が
今の時代の自然死になるのではないかと考えささられました。
父の最後ももう少し長くゆっくり終わることができ、
もう少しだけ、お互いにとってやさしいいい介護という最期ができたのではないかと思っています。
それを考えさせられた後、わたしは父の最後を少し苦しい時間にしたかもしれないと、
とても苦しみました。
そのことや、たくさんのことをわたしの中の存在から聞かされ、初めてすべてを考え直しました。
本当にわたしは世の中の情報をたより、その情報の通りに目の前が動いたことで、これでいいんだと自分で勝手に確信しただけだけでした。
本当にいいことは、世の中の情報は参考にしながら本当にそれでいいのか考えていく、それしかない、そう思っている今です。
ただ、
そうしたとしても、本当にいい結果だという道は完全にはないということを、わたしの中の存在は。わたしに教えました。
わたしたちが生きているこの地球という空間という道は
わたしのブログに来られるみなさんがたくさん知ったものとは全く違う空間だということは伝えてブログを閉じたいと思います。
そして
わたしの中にいる存在と、みなさんの中にいる存在は、
それぞれがまた違う目的をもってみなさんを動かしているということは心に留めてほしいと思います。
今までこのブログを通してたくさんの方たちと知り合うことができました。
このブログをやめるように、わたしの中の存在から言われたことはお伝えさせていただきます。
ブログで出会った方々やヒーリングで知り合った方々もたくさんできました。
ですが、つながっていたLINEが不手際によりすべて消えてしまいました。。。
連絡ができない方々には本当に申し訳ありません。
そして
本当にありがとうございました。
少しずつ冬を感じる日々になってきています。
みなさんいかがお過ごしでしたか。
父が亡くなってからいろいろありました。
その中のことを少し綴らせていただきます。
久しぶりのブログになります。
そして
これはわたしの最後のブログになります。
去年、ブログを一度やめました。
そのことは致し方なかったこととお伝えしていたかと思います。
そして、その中身をここでは伝えられませんでした。
そのときは自分自身でも一体何が起きたのかわからなかったとも書いたと思います。
それが自分の中との再会により、明かされました。
父が亡くなって数日後です。
すべてを打ち明けられました。
いろいろなやり取りをしました。
それがいまようやく落ち着き、ようやく書ける自分になっています。
その存在からたくさん話をきき、自分の人生を最初からすべて考え直すということをしてきたという時間がその流れだということになります。
そのために、たくさんの持ち物を捨てて、無くすということも体験としてあります。
そのことでたくさんの人たちの気持ちも知りました。
それはわたしたちは、みんないっしょに探している大切なことを知るためだったこととお伝えしたいと思います。
その中に、今まで要らなかったものがとても大切なものだったことも知りました。
だけど、その大切なものも今は必要はないものと捨てています。
なので、わたしたちが多くの知らない時間を過ごしているということ知ったことは、
わたしにおおきなこととなっています。
それが今のわたしというカタチになりました。
自分が考えることは、いつも外から動かされているということはみなさんにお伝えしたいと思います。
それは他の人からかもしれないし、もしかしたら自分の中からかもしれないと、お伝えしたいと思います。
よくよくの時間をみんなたくさん抱えて生きていることは、たくさんの要らない余計なものをしている時間になっています。
その中で選んでいない時間について、みなさんは知らない時間があったかもと思っていると思います。
ですが、それは自分では選ぶことはできない時間だったということをわたしは知りました。
どうか後悔は捨てて、これからはたくさん生きて、たくさん喜んでみてください。
実際は、わたしは父の看取りについて少しだけ後悔もしてもいます。
それは、自然死というカタチのやり方にあります。
わたしは父に負担のないかたちで看取ることを決めたつもりでした。
ですが、それは間違いもあったかもしれないとわたしの中の存在から告げられたのです。
点滴はやらないという完全な自然死よりも、ほんの少しだけ点滴を入れながら看取るというかたちの方が
今の時代の自然死になるのではないかと考えささられました。
父の最後ももう少し長くゆっくり終わることができ、
もう少しだけ、お互いにとってやさしいいい介護という最期ができたのではないかと思っています。
それを考えさせられた後、わたしは父の最後を少し苦しい時間にしたかもしれないと、
とても苦しみました。
そのことや、たくさんのことをわたしの中の存在から聞かされ、初めてすべてを考え直しました。
本当にわたしは世の中の情報をたより、その情報の通りに目の前が動いたことで、これでいいんだと自分で勝手に確信しただけだけでした。
本当にいいことは、世の中の情報は参考にしながら本当にそれでいいのか考えていく、それしかない、そう思っている今です。
ただ、
そうしたとしても、本当にいい結果だという道は完全にはないということを、わたしの中の存在は。わたしに教えました。
わたしたちが生きているこの地球という空間という道は
わたしのブログに来られるみなさんがたくさん知ったものとは全く違う空間だということは伝えてブログを閉じたいと思います。
そして
わたしの中にいる存在と、みなさんの中にいる存在は、
それぞれがまた違う目的をもってみなさんを動かしているということは心に留めてほしいと思います。
今までこのブログを通してたくさんの方たちと知り合うことができました。
このブログをやめるように、わたしの中の存在から言われたことはお伝えさせていただきます。
ブログで出会った方々やヒーリングで知り合った方々もたくさんできました。
ですが、つながっていたLINEが不手際によりすべて消えてしまいました。。。
連絡ができない方々には本当に申し訳ありません。
そして
本当にありがとうございました。