義父は6年前に肝臓ガンの手術をした。

術後3週間くらい入院していたが 毎日病院へ通っていたのは私で

義母は義弟が車出ししてくれる時しか来なかった。

 

コロナ前だったし、義父は個室だったので、看護師さんが私に

泊まって付き添うことも出来ると言われて、義父も「付き添って欲しい」と言うので

術後の痛みで辛そうな時には泊まって付き添ったこともあった。

でも本当に付き添ってもらいたいのは、私ではなく義母なのはわかった。

 

 

義父は術後数日経ち、だいぶ元気になり、トイレも一人で行かれるようになった頃

せん妄になってしまった。せん妄とは見えないものが見えたり、痴呆症のような症状が出てしまうことで、義父の場合は俳諧の心配があったので、看護師さんが義母に

せん妄が治るまで「泊まって付き添っていただきたい」とお願いされたけど

義母は泊まることはなく「いくらかかってもいいから介護する人を頼んで欲しい」と言う始末・・・驚きあせる

 

その話を聞いた私は、人任せにして、妻である義母は一人で病院へ来ることもないし、なんだか腹立たしく思い、私が泊まると言う気持ちにはならなかったネガティブ

 

 

その後、義父は肝硬変になってしまい、入退院を繰り返したけど

やはり義母は一人で病院へいくことはなく、義父を見舞うことはなかった驚き

病院へは電車とバスを乗り継ぐけど、決して自宅から行きにくい場所ではないし、

義父から、自宅からここ(病院)までタクシーでもいいから来て欲しいと

言われても行かなかった真顔

 

 

 

そして手術から2年が経ち、肝硬変が酷くなり

医師からもう終末期であることを家族に告げられて

しばらくたったある日の夜中の1時頃に病院から

「危険な状態なのですぐ来て欲しい」

電話があり、義母は義弟夫婦と一緒に、私は夫と病院へ向かった。

 

病室へ行くと、義父は酸素マスクをつけられて、呼吸が荒く苦しそうで、言葉を発するも、よく聞き取れない状態。

 

 

朝になり、義父の様子は変わらずだったが、今すぐどうこうなることもない感じだったので、義弟夫婦と交代で飼い犬に朝ごはんをあげに行くことにした。義弟もうちもわんこを飼っていたのだビーグルしっぽビーグルあたま

 

義弟夫婦が先に行くことになり「慌てないで、ゆっくりでいいからね」と声掛けして見送ると、義母もいそいそとついて行ってしまった

 

お義母さんなんで?

犬にご飯あげに行くだけだよ。

お義父さんこんな状態なのになんで行ってしまうの?

 

と思ったけど、夫も義弟夫婦も義母に何も言わなかった。

 

「どうして?!」

 

 

今まで義父母の家に行くと、喧嘩してるわけでもない普通のじいじとばあばだった。

そりゃたまにはお互いの不満を愚痴ることはあったけど、そんなのはどこの家でもあることだと思う。

 

そして、

義父が天に召された時も、お葬式の時も 義母は泣いてなかった。

 

 

そんな義母にびっくりだったけど

最後まで義母が義父にそういう態度で接してきたのは

今まで長く夫婦やってきて そうさせるようなことが、色々あったからだと思う。

何があったのかは知らないけど、チリも積もれば・・・ということなのか?!

 

 

私も夫に色々不満や腹立つことあるけど、この人はもう変わらないと分かり

こうして欲しいと期待することもなくなり、諦めること多くなった。

 

特に精神面で癒しにはならない。気遣いのできない、自分ファーストの夫。

だから乳がんとわかった時もギリギリまで話さなかったし、

話したところで、私が精神的に楽になることはないとわかってたから。

 

 

そんな夫が義父のようになったら私はどうするだろう?!

 

 

世のお父さん達も笑っていられないと思う。