4月14日、先週金曜日のことです。
私は自分の両親に、ある告白をしました。
一生話すことは、無いだろうと思っていたのですが…

今年の2月6日、朝8時過ぎ。
母から1通のメールがありました。
普段、全くと言って良いほど連絡をすることもなかったので、何か緊急事態でも発生したのかと、良からぬことまで考えながらメールを見ました。
すると「NHKを見てください」とだけありました。

テレビをつけてNHKに合わせると、朝イチという番組で「いじめ後遺症」の特集をしていました。
子供の頃にいじめを受けていた人の中には、大人になってから、些細なことが引き金となり、様々な症状を引き起こすことがあるというもの。

主な原因としては、いじめを受けたあとの成長過程で、人見知りが激しかったり、人間不信が強かったりして、人とのコミュニケーション能力に欠けた人間になってゆくとか。
自分に自信が持てなくて、自尊心が持てず自己否定に走り、物事や自身のことをネガティブに捉えてしまうようになってしまうとか。

要するに、成人して社会の中へと出て行く時、人一倍生きにくさを感じるようなものでしょうか。
その生きにくさを強く感じるかどうかは、人それぞれ。
どんな人でも多かれ少なかれ、生きにくさはあるのでしょうが、特にひどいいじめを受けた経験がある人にはそれが顕著に現れるようです。
先日投稿したコメントの通り、私自身がそのようなことを、身をもって経験しています。
なので、番組を見ても、何を今更といった印象を受けただけでした。

だけど、「この番組を見て」と連絡してきた母の真意が、今ひとつ分かりませんでした。
私がいじめを受けていた小中学校時代、両親とは、いじめについて一切話したことがありません。
両親は何となく気付いてはいたけれど、理由は分かりませんが、気付かないフリをしているのだと思っていました。
それが今頃になって、番組を見たことにより、何かしら感じるところがあってメールを送ってきたのだと思いました。
私がうつ状態で仕事を辞めてしまったこと、その原因が、これまでに、積もり積もったいろいろなことが根底にあったところに、たまたま強いストレスが加わってしまい、このタイミングでうつ病を発症してしまったのだと聞いていたからなのだ思います。

だとしたら、いちばん分かりやすいところが気になったのだろうと思いました。
悪口を言われたり、仲間外れにされたり、無視されたり、そういったことは学校の中でのことなので、気付かなくても仕方がないと思っています。
だからそれ以外で、もっと分かりやすいところのはずだと思っていました。

一つはランドセルがキズだらけだったこと。
小学校一年生の一学期。
みんながまだ、ピカピカのランドセルを背負って登校していた時期。
私のランドセルは石でガリガリ削られ、悲惨なことになっていました。
赤が剥げてしまい、真っ白な状態でした。

もう一つは、やはり小学校一年生の時。
ほぼ毎日のように、消しゴムを無くしてきたこと。
最初の頃は「しょうがないわね〜」と言いながらも、母は新しい消しゴムを用意してくれました。
ところがそれが何度も続くようになると、「また無くしたの? 今日、新しい消しゴムを持っていったばかりじゃない!」と責められるようになり、最終的には、どうせすぐに無くすのだからと、新しい消しゴムを半分に切って持たされました。
毎日消しゴムを無くすなんて、常識で考えてあり得ません。
同じクラスの女の子に盗まれる、というよりも取られていたのです。
登校して教室に入り、自分の机の上にランドセルを置き、教科書やら筆箱やらを出したあと、教室の後ろにあるロッカーにランドセルをしまいに行くのですが、その隙に取られていたのです。
はじめの頃は私も気付きませんでしたが、何度も繰り返される内に、朝、いつも私の側にいたあの子の仕業だと思うようになりました。

その女の子は私の自宅から狭い道路を挟んだ真向かいの家の子で、親からしたら友達くらいにしか思っていなかったはずです。
何年も経ってから、何事も無かったように遊びに誘われるようになったのですが、その子の家の中で、お菓子の缶に入った大量の消しゴムを見つけました
20個くらいはあったと思いますが、すべて私の物でした。
それでも…
自分の親にも、その子にも、その子の親にも、私は言えなかったのです。

こんなに分かりやすい出来事があったのだから、絶対に私の両親は気付いていたのだと思っていました。
だからそのことを、改めて私に話したいとか謝りたいとか、そういった理由でメールを寄越したと思ったのです。
でもその時は、話をする気持ちになれなくて、少し時間が欲しいと言ってしばらく放置していました。
れでもようやく体調がいくらか落ち着き、仕事を探してみようかという気持ちも出てきたので、思いきって先週両親に会ったのです。

ところが…
なんと、ランドセルのことも、消しゴムのことも気付かなかったと言うのです。
私はショックでした。そして、あきらめました。
「え〜、気付いていなかったの?」と、なるべく明るい調子で答えました。
消しゴムについては、そんなこともあったっけ?くらいな感じで、「お母さんはその時どうしてたの?新しく買ってたのかしら?」と逆に聞き返される始末😅
いくらなんでも、ドセルの件は気付いていただろうと思っていたのですが、そちらも両親共に全然気付いていませんでした。
母は父に向かって「お父さんは知ってた?」と言い放ち、父は「さあ?」と首を傾げる始末😅

私は信じられないと思いました。
あんなに分かりやすいことがあったのに気付いていなかったどころか、覚えてもいないのです。
母が言うには、私の弟には本当に手を焼かされ、イタズラや悪さばかりして、しょっちゅう人様に頭を下げに行って、大変だった。
それに引き換えお姉ちゃんは、なんにも問題を起こさず、手をかけなくてもいい子でいてくれたから、育てるのに苦労をした覚えがないということでした。

私はそれを聞いてショックを受けたあとは、怒りや悲しみを通り越して、呆れました。
もういいやという、あきらめといった感情が近いかも知れません。
思わず、じゃあ、なんでメールを寄越したの?と聞いてしまいました。
すると、何となく友達が少なそうだと思っていたのと、爪を噛むクセがあったのを思い出して、何かあったのかな〜と思ったからだそうです。
まあ、確かにそれはそれで間違ってはいませんが…💧

でもでも、やっぱりどうしても、ランドセルの件だけは自分の中で消化できないのです。
納得がいかないのです。
あんなに真っ白になるまでキズつけられたランドセルを見て、本当に何とも思わなかったのか。
二人とも記憶に無いと言っているということは、もしかしたら私がオーバーに言っているだけと思われているのではないか。
そう思い始めたら居ても立ってもいられなくて、ネットで探しました。
あの時の、キズだらけだった私のランドセルに近い画像を。
そして、ようやく近いものを見つけました。
Screenshot_2017-04-15-02-08-01.png
もちろん右側のランドセルです。

Screenshot_2017-04-15-02-10-12.png
昨日、今日と、この画像を張りつけたメールを母に送るべきか、悩んでいます。
でも覚えていないと言うのだから、送ったところで意味がない気もします。
それでも、こんな状態だったのだと、知ってもらいたいという気持ちもあります。

いじめられていた頃のことを詳細に話したせいで、気持ちは沈むは、長いこと見ていなかったのに、学校で仲間外れにされて悲しんでいる夢を見て、夜中に何度も目が覚めて寝不足になるわで、散々です😢
またまた何年か時が流れて、思い出す頻度が減ることを願うしかないのでしょうか😰