3月2日 №378

「さあ、ヨセフをイシュマエル人に売ろう。我々が彼に手をかけてはならい。彼は我々の肉親の弟だから。」

創世記37章27節

 兄たちはヨセフを自分の手で殺そうとしましたが、肉親の情が移り殺さず穴に投げ入れました。その時、エジプトに行く隊商が通りかかり、銀貨20枚で売り渡しました。
 
 もしも私がヨセフなら、兄たちに、「殺される・穴の中で死ぬ・奴隷になる」の中で、殺される方を選ぶ?死ぬまで奴隷は惨めです。同じく、神の子として生まれたのに、罪の奴隷となることは「生ける屍(しかばね)」です。

 「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、『アバ、父。』と呼びます(ロマ8章15節)」。人は神に出会い、交わり、愛される神の家族の一員ですが、実際は罪とサタンの奴隷となり、操られ、憎み、恨み、裁き、嘘をつきつつ惨めに生きています。

 友よ。あなたの魂(ヨセフ)を罪に売り渡してはなりません。自分の命(見栄・自尊心・恥・立場・快楽…)を守るために、イエス(ヨセフ)を売り飛ばしてはなりません。命を捨てて愛して下さるお方は、主イエスだけです。