お金について。
仕事で得られる対価としてのお金って何だろなって考えた。
今まで私は人生の中で、
時給数百円レベルの仕事から、
1日働いたら数万円もらえるような仕事まで、
色々な仕事をしてきた。
働くこちらの身としては、
時給が安いからテキトーになる訳でもないし、
高いからすごく頑張るって事でもない。
もらえるお給料に関わらず、
同じように、与えられた役割を、
自分なりに一生懸命にやるだけ。
仕事として提供する役割や技術やマナーはそれぞれの仕事で違うけど、
働く事やお客様という存在に対する心構えは別に変わらない。
なのにもらう対価が違うのは何でだろう。
高い給料の自分には価値がある、或いは価値のある事をしていて、
低い給料の自分は、価値がなかったり、価値が低い事をしているのだろうか。
確かに誰にでもすぐ出来る仕事とそうでない仕事はあるけれど、
そんなちょっとした技術はおいといて、
こちらのそそぐエネルギーはそんなに変わらなかったりする。
私が人生を通して様々経験してきた仕事は、
殆ど全て
サービス業、接客業で、
生身の人間の心や気遣いに原価などない。
だからそこに値段が付いていることに時々不思議に思う。
今私がしている、スピリチュアルなコンサルティング業も、
時間や労力などといった自分の内面的な事をのぞけば、
物理的な原価はない。
だから時々、私が提供していることには一体いくら分の価値があるのだろうかと悩んだりする。
極論をいえば、
生活さえ出来れば全部タダでもいいんじゃないかとすら思ったりする。
まぁかなり極論。
さすがに何もしなくても満足に生活できる程の資金源はないので、
今の所全部タダは難しい。笑
それに、
例え形の無いものを売り物にしていても、
何かしらの価値を受け取って頂くには、
その分のエネルギー交換をしないとバランスが悪いという意味でお金頂くことは大切な儀式のようなものだと思う。
ただ、
同じ10万円でもその価値が人それぞれなのに値段一律でいいのかな。
と悩んだりして。
冒頭に書いた通りの様々な金銭状況を経てきた私にとっては、
同じ10万円でもそれを得るために費やした労力やその価値はその時それぞれの環境があって、
こちらから提示した金額がどのように受け取られるのだろう。
そんな事を考えると、色々と複雑な気持ちになる。
お金なんてなくても心が清ければ~なんて言えるほど、
寛大にはなれないけれど、
沢山欲しいから仕事してるわけじゃ無い。
もちろん自分の価値が認められて、結果リッチになったら最高にハッピーだ。
だけど、その前に、
必要な人に必要なものが届くにはどうしたらいいんだろうって考える。
お金の価値は相対的なのに、
世の中の物の値段は絶対的価値観。
何だかちょっとパラドックス。