週末仕事の細かいことで行き詰まり、更に仕事以外でもうっかりで週明け、課題が山積みで、堕ちていた。

しかも締め切りを伸ばしている。

定職に就くのも、中々連絡がこなくて、別件でも連絡がなく、堕ちていた。

毎日行くスーパーの顔なじみの店員さんとは、ちょいちょい人生相談やら交換をする仲なのだけど、

その人が知り合いがいるところに私の希望しているポジションで紹介できるよと言ってくれた。

その人とは移民同士で、初めの一年くらいはお互い挨拶もしない仲だったけど、今では会計の合間に人生相談から、

就職の情報交換、子供のことなど、色々話せるようになった。

たぶん人種が違うから、紹介してもらっても、私は居心地が悪いだろうと思う。だからきっと紹介してもらわないと思う。

でも気持ちがうれしくて、救われた。

 

さあ、一つ一つ解決していこう。それしか方法はないのだから。

日本にいたとき、自由に振る舞いたい 自分の感情を抑えずに、変人とか言われるのを恐れずに振舞いたいという潜在的欲求が常にあった。色々思って、この国に来たけれど、実際にはその自由を手に入れることは簡単ではなかった。というか結論としてはそんな国は存在しないし、自分の中に宇宙があるという吉本隆明の言葉と同様に、それは国を飛び出すのではなくて、自分の宇宙で折り合いをつける問題だったのだと気が付いた。

 

だから、この国に来てもなお、日本に戻ってもなお、異なるコミュニティの中で、女性として、子供がいる母親として、日本人の母親として、その国で得た職業人として、移民として、求められる振る舞いに、息苦しさを感じる日々が続いている。その息苦しさは、こうして書くと自分のメインテーマかもしれない。私のように自分の特性を何より大切にしたいと感じる人間には、どうしてもそのルールに従うことに苦しみがつきまとう。

 

私が感じる最も大きな苦しみは、コミュニティ内での自分の立ち位置がうまく決まらないことだと思う。白人社会では、距離を取られる感覚があり、移民として一歩踏み込もうとするだけで、流される感覚がある。たぶん、日本で白人が日本に対して疑問を感じてぶつけてきたら、うざいな、気に入らないなら帰ればと思う感覚に近いかもしれない。

 

逆に、移民同士で話すときには、国民性の違いがやがて顔を出す。たとえ心地よく感じる部分があっても、どこかで自分の中に根本的に違うと感じるギャップが生まれる。こんなふうに、どんな場にいても、この国で、私はいつもどこか浮いているような感覚に囚われている。だから、まだ日本で日本人とのコミュニケーションで感じていたギャップの方が近かったと思うようになった。でもきっと、今恋焦がれている日本に引っ越したとしても、また違うと思うのだと思う。それが怖くて日本への移住に全身全霊でシフトできない。

 

この国にも日本人がいるが、日本で出会える日本人に比べたら、属しているコミュニティーも、性別も、属性も、驚くほど限定的になる。その中から話し込める程、気が合う人に出会うのは不可能だと諦めている。そして仮に気が合っても、話し込むうちに、みんな結構大変な中、頑張って暮らしているので、やがてうまくいかなくなるということが多かった。私が気が合う人は、自立心が強くて、自力で頑張るタイプの人だから、そういう人は現状かなり余裕がなかったりして、余裕がない同志で話し込むには、余裕が必要だったと振り返っている。日本で出会っていたら違ったかもしれない。

 

そんな中で、最近ようやく心から気が合いそうな人に出会った。移民二世で弁護士をしているシングルマザー。最初は子供の関係をきっかけに、ある問題について話すようになって近づいた。彼女と話してみて、無理しなくてもこんなに感覚が近しい現地人もいるんだと驚いた。正義感が強くて、何かを黙っていられないところが似ていて、お互いに気持ちが通じる瞬間があったからこそ、この人とは自然に繋がれるんだなと感じた。

 

でも、それまで私は、自分がうまく振る舞えないことや、異文化の中でどこか自分を出しづらいことに悩んでいた。自分の特性が悪いのか、きっとビジュアルが原因かなど、何度も自己否定に繋がる思考に陥ったこともあり辛かった。でも、この人との出会いを通じて、無理に人間関係を作ろうとするのではなく、気が合う人とは自然に繋がるものだということを改めて感じた。今朝会った二人のママ友とは、やっぱりしっくり来ないなと自己否定につながりそうだったので、三人目にあったこの人と楽しかったのは救いだった。

 

それでも、まだ心の中で解消しきれないモヤモヤは残っている。多分、一生誰とも分かち合えないのだろう、自分が抱えていくものなのだろうと最近は思い始めている。

 

結局、私は自分のペースでしか生きられないし、それがどんなに周りから浮いているように見えても、やっぱりそれが一番大切だと思う。

 

ただ、もう少しだけでも、自分を大切にしながら、異なる価値観の中で無理せず、少しずつでも馴染んでいきたい。

そんな風に思いながら、極楽を探しながら、この国での生活を続けていくのだろうなと感じている。

戦争やら心配なニュースが起きる反面、

とても良い季節がやってきた。天気はよくて、日も長い。公園でゆったりしたい季節。

 

明日は馬を見に行く。

 

楽しみを楽しもう。

 

 

飛行機チケットは未だ変えず。きっといいのが見つかる。。。と念じている!

この国に住むようになって、自分が外国人であることを実感。

駐在の人のような好待遇の身分ではなく、普通の普通の身分として住むことの、

大変さも、心地よさも感じながら暮らしている。

同時に二つのバックグラウンドを持つ子供のことを真剣に考えて、将来困らないように育て上げたいと思って頑張っている。

住む権利が当たり前になった今、たぶん新しい問題が見えてきて、そうしてようやく母国の良さも見えてきたというか。

反面、とある家族が違法滞在し続けていると聞いた。長い間、違法になることをうまくぼやかされていた。

よくよく聞くと、完全にアウトな滞在だった。はっきりノーと言われているのに、まるで被害者のように話していて驚いた。

これは日本に不法滞在する外国人と同じなんだと。そしておそらくこの国は様々な理由をもってそうやって不法滞在する人があまりにも多いのだとわかった。

正直、子供にいくら倫理的なことを教えていても、その親の倫理観がぶっ飛んでいるとしか思えない。何年もろくな医療さえもかけていない状態で住んでいると聞いて、子供を抱えて、子供の将来などを真剣に考えるとそんなことはできないと思うのだけど、信じられない気持ちでいる。思えば、こっちに移民したいと学生の滞在許可できた人達も、やがて子供ができて、おそらく今も学生の滞在許可で子供を普通に通わせている。。。。日本人でもそういうアウトなことをする人がいて、できればそういう人と関わりたくないし、同じ移民として、アウトな滞在は恥ずかしいし、できれば帰国してもらえないかと思う。将来子供はどの国にも属せない子が出来上がるということを考えているのだろうか。。。。理解不能すぎる。

そう思うと、当たり前として得ているこの国に住む権利というのも、まあ、有難いのかもと思えたり。今は、有難いも何も勝手に出ていけないけど。。。

先週、仕事中に面白いですねと言われた。

世の中には面白いとか変わっているといわれると本気で嬉しい人もいるらしいけど、

私は、今までに私に数多く投げかけられたこの類の言葉を聞かされると、どちらかというと大分哀しい気持ちになる。

めちゃくちゃ真面目にやってんのに、何がおかしかったんだろうという気持ちになるからだ。

普通に生きて、普通に話しているだけなのに、ある日、その人が、見定めたようにその一撃を与えてくる。

なんてひどいことを言うんだと顔をみると、当の本人はまったく悪びれた様子もなく、ただ笑っていたりする。

 

ショックでそこはスルーしてしまう。ママ友の会話でならわかる、ああ私緊張していたのねなどと慰められるが、

真剣に仕事のしかも難し目の仕事をちゃんとこなしていた最中に、ずっと思っていたといわれると、もうお手上げだ。

 

仕事がない日は家に籠ろうと思う。私はもう誰とも話したくない。。。。面倒なおばさんだ。

 

だけど、お客さんに頼んでよかったって言われるとすごく嬉しい。この仕事が好きだ。

 

知人からちらほら、乗継の悪い飛行機チケットを利用して各国を旅行するという方法。

去年ので私もそれを利用して弾丸で韓国旅行を楽しめた。寒くて凍えそうだったけど、夕飯を二回食べ、おやつをたべ、とにかく体にしみこませるように限界の限界まで韓国料理を梯子したことは覚えているし、ずっと買いたかった韓国スプーンも数年越しに買えた。

知人はそれを利用して今年は東南アジアを楽しんでから日本に行くのだそうだ。しかもとても安く買えたそう。なんて楽しそう。

 

 

戦争だ。高い高いと思っていると、心配症でないタイプの人と話すと、案外大丈夫なのかも。。と思えてくる不思議。

 

反面、直行便しか眼中にないというタイプの人もいる。そういう人は一年前などにおそらく安く買うらしい。いくらで買うんだろう。

 

 

日系は子供が小さいときはサービスが充実していてよかったのだけど、中くらいになると、細かいルールがあったり、預入荷物も毎回ドキドキしたり、何より乗り継ぎ時間が悪すぎるので、やめた。

欧州系も、欧州人が乗ることが多いので、乗った時の雰囲気やルールがそっちよりで嫌な思いをしたことがあり、同じ値段を払うなら私はトラウマで中華系を選んでいる。

中華系は元気な子連れにはとても楽。人をみて中華系にのっていると発言しないとディスられることもあるので注意だけど、乗り継ぎ時間が最高なのと、預入荷物が毎回二つは確約、乗継の空港で小籠包を食べる、毎回ジャスミン茶をかうのが楽しみになったりしている。今度は降りて中国も旅行に行きたいなとおもったり。

 

高い高い、戦争だと思っていたけど、楽しいことばかりだ。

 

また、この前、数年ぶりに東京に行ったのが楽しくて、楽しくて、楽しくて、うっとりした。楽しかったことだけ覚えているけど、寒すぎて、どこで何をしたか、あまり覚えてない。沢山懐かしい友達に会えたことは覚えているけど、それ以外に私は何をしていたのだろうか。楽しすぎて最後は泣いていた。毎年東京に立ち寄れる人生なら幸せだなあと思ったので。かなえておきたい、今年も行きたい。

今まで使っていたサイトは周遊が検索できなかったが、知人に教えてもらい別のサイトを使うとそういう検索もできるみたい。なんという新しい発見。

 

 

会話を広めて情報を流してくれるママ友って貴重。。。

 

うまく情報が集まるかは別としても、根気よく話すのは大事だし、

コミュニケーション上手を目指してそこは前向きにいきたい。

 

 

行く気がなかったママ主催の会、行くか、行くか、月一ならよいか?

 

どのみち夏休み明けは、しばらくずっとフルで働かなくてはいけないので、楽しんでもいいのかもしれない。努めたらこんなにゆっくり帰国はできないだろうか。。。。