最近この記事をよくみた。

 

私の、苦悩?戦い?も、スタートして暗雲がたちこめていたのを、思い出す。

 

ことの始まりは、私が就職して3年目に発覚した。

 

実際は、それ以前に発生していたのだが、両親がひたすら隠していたためわからなかった。

 

私の実家は、個人商店を営んでいた。

 

その当時、売り上げはそこそこあり、あまり苦労はしていないように思えた。

 

ただ、個人商店のため銀行等の借り入れは当然あった。

 

その当時、近所の個人商店同士で、銀行に対して保障のやりあい、を行っていた。

 

5人ほどのグループだったと記憶している。

 

その会の名前は、Y会と名乗っていた。

 

個人商店といっても、自動車屋、電気屋、小売業、造園業であった。

 

その中の造園業が、私の人生を大きく狂わせた。

 

いまだに、そいつの顔は、覚えているし、その家族すべて覚えている。

 

一生かかっても許せないし、許す気も当然ない。

 

ことの発端は、その造園業の相手先が倒産したことから始まる。

 

その倒産した相手のあおりをくって、その造園業Mは、会社の経営が一挙にかたむいた。

 

昔からの旧家であり、土地建物はそこそこあったようだが、今にして思えばすべて担保に入っていたのだろう。

 

Mの経営がうまくいかなくなり、その影響は、私の父含め、Y会のメンバーにも出始めた。

 

Mの保障を一番していたのが私の父だった。

 

私の父が、Mのところに行き、夜逃げはするなと、言っていたようだ。

 

だが、Mは、逃げた。

 

堂々とせず、夜逃げである。

 

私は、この行為を絶対許さない。

 

もうMは、とっくに野たれ死んでいる。

 

Mの妻のくそ婆も、そろそろのたれ死んでいないだろうか。

 

それは、さだかではない。

 

最後に、裁判所であってからあっていない。

 

のうのうと生きているとおもうだけで、胸糞悪い。

 

ということで、私の父は保証債務により多額の借金を抱え込むようになった。

 

私の記憶のために書き残すつもりだが、思い出しただけで胸糞悪い。