やーっと、少し休める時間がやってきました。


毎日なにかと走りっぱなし。

日曜日の夕方になってやっと、ほっと一息つけます...が!!


義父母がいるんだな、これがショック!

昨日の午後に来られましたが、夕食時にいろいろあり、

今朝もいろいろあり...。


食事のときにいろいろ起こるのは本当にストレス。


聞かない振りしてただ黙々とご飯を食べてます。



さて、そんな話はいいんですが...。


あの震災から一年経ちました。


日本で地震があったと、外で聞き、

日本で地震なんてあたりまえと思って、家に帰ってきて、

ニュースを見て、絶句しました。


仙台生まれ、仙台育ち。

18歳で祖母が亡くなって福島に引っ越しましたが、大学は多賀城。


多賀城で卒業まで過ごした私。


母方の親戚はほとんど宮城の岩沼。

父方は福島のいわき。


大パニックになりましたが、電話はつながらず。


夜になって、やっと東京の伯母と話せましたが、

福島とはつながらず、朝になって奇跡的に電話がつながったら、

母はその日、仙台の友達に会いに行って、帰って来れなかったと...。


頭が真っ白になりました。


父は、心配するなと言うばかり。

家自体はまったく被害がなかったからだと思います。

(実家は築60年くらいになるほとんど平屋の木造住宅なので頑丈です)


母なので、母は岩沼の伯母のところにタクシーで行って、

伯母といっしょに来るまで福島に帰ってきたと、

あとからメールで連絡がありました。


連絡先がわかってる後輩にメール送ったり...。


とにかく、こっちにいてまったく安心できない日々でしたが、

幸い、家族や親戚はみんな無事でした。


それでも、こっちにいる仙台出身の友達と、なにかあるたびに連絡取り合って、

お互いに慰めあって、励ましあって、毎日過ごしてました。


福島は原発の事故もあり、いまも落ち着かない日々です。


仙台の友達は、すでに連絡をとってない友達も多く、

一体、どうしているのやらまったくわからないのが申し訳なくもあり...。


きっと被害にあった友達も少なくないはずです。

(高校のときは石巻から通ってた友達もいたし...)


去年は日本から非難してきた韓日家庭と少しでしたが会ったり...。


本当に複雑な一年間でした。


震災から一年を迎え、

こっちでもドキュメンタリーが放送されたりしています。


大きな地震のない韓国としては、

まったく想像もつかない被害だったわけですしね。


いまでも多くの傷を抱えて生活している方たちがいますし、

福島は一体、これからどうなっていくのかと思うと不安でたまりませんし、

なにしろ、遠くにいて、なにもできないなと感じることがもどかしいです。


家族は、何事もなかったように、

いつもと同じように、私にいろいろ送ってくれます。


それがまた日常になってきていて、

安心すると同時に、また申し訳ないなと思っています。


自然災害はいつ起こるかわからないし、

韓国もすでに地震安全地帯ではなくなっています。

(こっちで震度4とか起こったら、大パニックでしょうね。

 震度5くらいで建物崩壊とかあり得るし)


いつも備えないといけないなと、心に刻んで生活したいと思います。



そんなこんなで、今年こそは実家に帰りたいなぁ...。




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