2歳半ごろまで、自分が、お母さんとしての息苦しさをかんじていた、大きな原因のひとつ。
それは、
私がちゃんとせな(させな)
という、重圧と責任。
「私が」、
食べさせな
起こさな
遊ばせな
お風呂入れな
〇〇させな…
その後に続くワードは、
(アカン子になる)
(病気になる)
(世間に怒られる)
(時間に遅れる)
などなどです。
と、毎日のくりかえしのなかで、
「させる」こと、
その達成度に、視点が偏っていきがちに
なる。
※もちろん、子は、超絶自由なので、
すんなり私の言うようにするわけはない。
※むしろ、必死になると、なぜか逃げる。
※どうしたらいいの!ってなる。
それで、いろいろ不安なったり悩んだりつかれたり、
オカンもういや…![]()
ってなってたとき。
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寝顔を見ながら、
ふと、腹に落ちた。
そのほっぺがあんまりにも、
プクプクで、力強くて、
エネルギーに満ち満ちて
パーン!!としてたので。
私は、
(私が)育ててる、(私が)させてる、って、
いつも私主語で、悲壮感ただよわして言うてるけど、
娘からしたら、
「おかんの言うこときいてあげてる」
と思ってるということに。
そして、
「おかんがいろいろ言ってくることに付き合ってあげる遊び」
ぐらいの意識だということに。。
なんか娘から発するオーラ?で伝わった。笑
彼女は、興味のある事、
したい事、楽しそうな事しかしない。
それは、DNAに刻まれた本能。
そして、生きてることじたいが、
遊びそのもの。
「今、地球にあそびにきてます」的な発想。
※明日の概念すらもあいまい。
だから、お風呂に入ろう!
って言ったとして、
もし彼女が私の言うことを聞いたとしたら、
おもしろそうだからやってみた
必要性とか正直わからないし、どうでもいいけど、おかんが言うから、のっかってみた
という感覚のみ。
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オカン視点ばっかりになって、
子視点が見えてなかったですけど。
ふと、子視点になると、
気が遠くなった。笑
理由とか、
メリットとか、
デメリットが理解できるのは、
もっともっと先のこと。
でも、すごいなぁと思って。
子供って、本当に今を生きる達人なんやなって。
続く
ぽてんしゃる
