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沙羅のちょっとだけスピリチュアル

ディープにスピリチュアルではありません。
軽~く、ちょっとだけスピリチュアルなブログです。
明日、スーパーで使える高次の知恵が切り口です。

なんと半年ぶりのブログ更新です。

FC2からアメブロに引っ越してきました。


この半年、何かと忙しかったわけです。


忙しいってのは、することがあるってことなので悪くはありませんが、この「五億年ボタン」を見ると、自己探求マニアの私としては、とっても不思議な気分になります。


どうやら話題のようですよ。


http://umashika-news.jp/archives/51950055.html


本当は全部知っているのだけれど、毎回、すっかり忘れてしまう って話です。


森田健氏(通称 もりけん)の「生まれ変わりの村」のスープの話とかぶります。


あの世のなか橋のたもとで配られているスープを飲むと前世を忘れて生まれ変わるのだそうです。

「生まれ変わり」の人は、このスープを飲まずに生まれ変わったので、前世の記憶があるまま、この世に生きています。(だから、自分が生まれ変わりとわかるのです)



沙羅のちょっとだけスピリチュアル-生まれ変わりの村

私は、この人生が終わったら、今度は一度スープを飲まないで生まれ変わってみようと思っています。

男になるか女になるかは自分では選べないようですが、希望としては男をやってみたいです。

今世の女としての記憶を持ったまま、反対側の男から見たらどんなふうに見えるのかを見てみたい。

そして、その次は、その記憶を持ったまま、女で生まれたいのです。


どっちも体験して、それを考察したい・・・その「五億年」の間に…。



たぶん、Tree Top カードの魔女アリーがうちに置いて行った本だと思います。
雲 黒斎…「ウンコクサイ」というふざけた名前の著者にひかれて、面白いかも、と思って読んでみました。

あの世に聞いたこの世の仕組み(小)

仕事で記憶障害(うつ病的ジャンル)になって、心療内科へ行って、お薬をもらって飲んでいたら、ひどい吐き気とともに守護霊が現れた、という幕開けです。

う~ん、守護霊…

この手の話はよく聞きます。
そんな本も何冊も出ています。
多くは、「成長」や「愛」を解いています。
私、「成長」しないといけないという考え方は、今を否定するので、少し前にやめました。
「愛」も「幸せ」も状態であって、「努力してつかむもの」ではないと思うので、これも少し前にやめました。
なので、正直、そんなことを解いている本を読むと、「う~ん…またぁ?」と思ってしまいます。
(あくまでも個人の感想です。)

でも、一応、全部は読んでみるのです。
ひょっとしたら、どこかに私の仮説を広げるヒントがあるかもしれないから。

で、この本…。
はい、出てきました、守護霊様。
ところが、この守護霊様、イケてないおっさんのようなのです。
そして、言っていることが、かなり俗っぽい。
それは、レベルがどうとかいうことじゃなくて、わかるように説明するとそういう話になるってことだと理解しました。

最後の方のある個所、私もこれを大きく言いたい、って思うことを説明してくれていました。
長くなるけど、抜粋します。

本当はね、「そのままの自分」に「いい」も「悪い」もないんだよ。ただ、そういう人なんだ。「いい」「悪い」ってのは、それを「見た側」の「主観・評価」だよ。その「主観・評価」によってあらわにされるのは、「真実」でも「評価される側の人間性」でもない。「評価する側の人間性」なんだ。でも、そのことに気付きていない人は、自分に対する「人からの評価」を気にしてしまったりする。「そのままの自分で受け入れてもらえる自信がない」とこうなってしまうんだ。

「ペルソナ」という言葉があります。
外に向かう時にかぶる仮面のことです。
外に向かって、自分はこのくらい大きいんだぞと示す「威嚇」の意味であることもしばしば。
社会に向かう時、素っ裸で出ていくというのは、相手への敬意という意味であまり歓迎できることではありませんが、そんなに大きく見せなくてもいいのに、と思うような仮面をかぶっている人に会うこともしばしば。
そして、その仮面が、本人の思うような効果をもたらしていないこともしばしば。
その仮面が、他人の評価をすることで自分を優位に見せようとする仮面であることもしばしば。

そういう時、仮面をかぶる人物の「世界観」が見えてしまいます。
ペルソナは、みんな経験のあることなので、気づく人も多いと思います。

同名のブログもあるようですが、どこかでこの本を見かけたら、読んでみてください。
身近な「あの世」を感じて、「この世」も悪くないかな、と思えます。
ストーンセミナー(小)

8月23日(火)10:30~12:30 オフィス沙羅の樹で「オリジナルパワーストーンアクセサリー」のクラフト教室を開催します。
お好きなパワーストーンを、お好きなように合わせていただいて、ブレスレットやストラップなどを作っていただけます。
参加料は1000円。
パワーストーンは実費です。
普通サイズの女性用ブレスレットなら、パワーストーンはだいたい20粒くらいなので、もちろん合わせ方にもよりますが、2000~3000円くらいで仕上げることができます。

ご自分だけのオリジナルなパワーストーンアクセサリー、作ってみると楽しいですよ。

合わせ方、作り方のサポートは「かむじ」、パワーストーンはMAMBOYA所有のものを使います。

お申し込みは info@saranoki.jp か tarofa2@gmail.comまで。

Tree Top魔女の一人、モリーは今年の初めに引越しをしたばかりでしたが、どうもそのおうちが気に入らなくて、その理由もよくわかりませんでした。
そのうち、大家さんのことも「どうも、おかしい」と思うようになり、私に卦を立ててみてほしいと依頼することになりました。

卦を立ててみると、やはりこの大家さんは何か隠し事がある様子。
そして、モリーはこの大家さんのことが嫌い、という情報が出ていました。
さらに、子供の落ち着かない家って…。
それを改善してみると、数か月のうちに新しい物件が現れてきました。
この物件について、卦を立ててみると、このおうちは子供も気に入り、金運もよくて、家族が安心して住める家と出ました。
それで、モリーは、家族とこの新しいおうちを実際に見に行ってみると、本当に彼女の娘がとっても気に入り、それだけでなく、ここを訪れる人たちみんなが「落ち着く」というので、購入することに決めました。

7月の未の日に、数着の衣類を持ち込み、お茶を沸かして家族で飲んで、「引越し」の事実を宇宙に報告しました。
少しついているおうちの庭にお酒をまいて、「これから一緒に、仲良く、楽しく暮らしてね」と土地の神様に挨拶をしました。

で、今日は、おうちとモリー家の親睦を深めるための浄化を行いました。

モリー家3(小)

各部屋の四隅でお線香をたいて、気の流れを確認しました。
気の滞りがあると、お線香は途中で燃え残ります。
でも、モリー家の全部屋、お線香は完全燃焼しました。

モリー家2(小)

それから、チベッタンベルの音で、おうちの精霊に「よろしくね」とご挨拶をします。
そのあと、セージの煙で「清浄な空間」をシールドして、それが保てるように「結界」を作ります。

モリー家1(小)

きれいな空間ができたところで、各部屋の主のエネルギー体と各部屋のエネルギー体、そして、その間のエネルギー体を呼び出して、つなぎます。

それぞれの部屋に、マイナスがプラスになるようにエネルギーを設定して返しました。

浄化中、お買い物に出ていたモリーが帰ってきて、おうちに入ったとき、なんかほっとしたそうです。

彼女たちを歓迎していたおうちのエネルギーは、これから彼女たちと仲良くやっていけそうです。
よかった…。
Tree Topのコーヒーの魔女 モリーが、雑誌で読んだという話を聞かせてくれました。

旦那さんが浮気をして、奥さんが死んでくれればいいと思って藁人形をしかけたのだそうです。
奥さんの方は、なんだか分からないけれど胸が痛くて、最終的に霊能力のある人に診てもらったら、ベッドの下の藁人形のせいだって。
で、その人と一緒にベッドを調べてみると、胸のあたりに釘の刺さった藁人形が出てきて、霊能力者は「これを抜くと、ご主人が死にますがいいですか?」と奥さんに聞いたそうです。
奥さんは「抜いてください」と言って、旦那さんは死んでしまったとさ。

雑誌の話なので、この信ぴょう性は薄い感じがします。

でも、この話の面白いところは、釘を抜くと旦那さんが死ぬってところ。
念をかけたら、かけた人に返る、ってことなのでしょうが、これはそもそも「死ぬ」ことが悪いことで、旦那さんには罰があたった、っていう考え方から成り立っています。
それは、後から人が考えたいわゆる観念です。
それを、エネルギーの方向だけでシンプルに考えてみるとどうでしょう?

釘によって定められていたエネルギーの流れる方向が、抜くことによって逆流した、ということになりませんか?
すると、これが、「死んだらいい」といった念ではなく、この上ない愛情だった場合、このエネルギーが帰ってきたとき、どんな現象が起こるのかしら、と思いました。

「あなたが好き」という愛で、それを見つけて釘を抜いたら、注がれていた愛情は送り主に返されて、受け取っていた本人は、その愛を受け取れなくなります。
それは、わかります。
では、送り主は?
自分の送った愛が帰ってきて幸せになりました、とは思えないのですが…。

どうなるのでしょう?

それが成り立たないとすると、藁人形の一件のエネルギーの動きも成り立たなくならないでしょうか?

う~ん、この話と「親切を受け取る」話はどこかで接点があるような気がします。
考察を続けます。