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沙羅のちょっとだけスピリチュアル

ディープにスピリチュアルではありません。
軽~く、ちょっとだけスピリチュアルなブログです。
明日、スーパーで使える高次の知恵が切り口です。


沙羅のちょっとだけスピリチュアル

8月5日に海辺の酒蔵で「般若心経ライブ」をすることになりました。

「般若心経ライブ」って?と思われる方も多いと思います。

私も、何?って思いましたもの。


伊藤随賢というお坊さんが始めたのです。

淡路島の日光寺というお寺で16年和尚さんをやっていて、「昔 住職、今 自由職」というキャッチで、お経ライブをやっています。


檀家さんをいっぱい後ろに座らせて、仏さんの方を向いてお経をあげる毎日…ふと、このお経はだれのためにあげているのだろうって思ったそうです。

本来、お経は生きている人のためにあげるものなのに、なぜ、檀家さんに背を向けている?ってことが疑問に思えて、くるっと後ろを向いて、檀家さん向けにお経をあげてみたら、それがウケたのだそうです。

それ以来、お経ライブをするようになったのだとか・・・。


般若心経で語られるのは「空」の世界です。

「色即是空、空即是色」と言われています。

「色」はすなわち「空」である、という直訳です。

「色」はこの三次元、現実の世を表し、「空」は高次の世界を表しています。

つまり、簡単に言うと、この世とあの世は同じだよ、ってわけです。


かなり深い言葉です。

仏教の教えとしては、だから、この世でも高い次元での生き方をしなさいよ、ってことになるんだと思います。

わからないこともないです。

でも、ひょっとしたら、あの世もこの世と同じだから、特別に思わなくていいよ、ってことかもしれません。


死んでからのあの世を特別に思うあまり、あの世のためのこの世、えーっと、あの世で、あるいは来世での幸せのために、今生きているこの世は辛抱しようとか思わずに、この世を十分に満足させることで、あの世の幸せも得られるのだよ、と解釈できませんか?


魂の節目としてこの人生の終わりがあり、あの世の節目として生まれ変わる瞬間がある としたら、命はずっと続いています。

いつも、「明日の楽しみのために、今日は我慢」で生きていたら、いつ幸せになれるのでしょう?


人間万事塞翁が馬 って言葉、私、大好きなんです。

流れるように、また流れに乗って、生きていけば、その時々に幸せは感じられます。

もちろん幸せを感じようと思えば、ちょっとした不幸せがなければ、幸せを認識できないものですから、

そんなこともあるでしょうが…それでいいのです。

それが、ずっと続いていく。


宇宙は、中央に向かってバランスを取っていきます。

陽ばかりでは存在できず、陰ばかりでも存在できません。

都合の悪いことがひとつ起これば、宇宙はバランスをとるために 都合のいいことを一つ起こそうとします。


まぁ、できればなだらかな起伏で行きたいものですが…


そんなことを思いながら、「般若心経ライブ」、お聞きになられてはいかがでしょう?


茨木酒造ギャラリー 

兵庫県明石市魚住町

Shop 14:00オープン

ライブ 17:00 ザ・ふじやん

     17:30 岡本ひでひと

     18:00 縁~えにし~ 般若心経ライブ

     20:00 終了


前売り ¥1800

当日  ¥2800


Coffee Shop Tree Top でチケット扱っています。

078-934-2815


なんと、3月から更新していないっ!って改めて気がついた…

っていうか、そのくらい 時間の余裕がなかったんだと、しみじみ思う。


それでも、私的にはボロボロでもなく、むしろ 面白くなってきた感があるのです。

確かにもう少し ゆとりがほしいとは思いますが、今のところ、両方手に入れるのはまだちと早いかな。


で、今日の話はさかのぼること去年の年末の運勢改善から始めます。

それまで、あれやこれやと目の前にぶち当たる出来事があるたび、ちょろちょろと運勢を改善していましたが、年末rのある日、それを反省したのです。

というより、もっといい手はないかと思ったのです。


行き当たりばったりの改善じゃなく、計画的に根本改善をしていこう!と考えいたりました。


そんで、まずは易で「2012年の金運」の卦をたて、どうすればいいかの戦略を立てました。

いよいよ押し詰まった12月29日午の日が、易で得た吉日だったので、午の刻に午の干支を使って金運を改善しました。

午の刻と言えば、お昼の12時を挟む2時間です。

つまり1時からは未の刻になります。

1時以降、確かに金運が変わったという実感(ってよくわからない感覚ですが)がありました。

お店には、年内最後の営業日だっていうのに、お客さんがバタバタとお越しになり…それも、午前中はだれも来なかったのに、1時から来始めたのです。

おっ!いいじゃん!

その後も、そのペースは続いています。


さらに、年が明けて、1月5日、パーフェクトハーモニーにノパルを発注しました。



沙羅のちょっとだけスピリチュアル-ノパル

本流とストレスクリアの2種類です。


これは、うちわサボテンが原料のサプリメントみたいにして摂取するエネルギーです。

本流は、名前から察することができるように、自分の本来の流れに戻していくエネルギーです。

ストレスクリアは、やはりおわかりのように、ストレスを軽減してくれます。


1ボトルで1日4個ずつ飲むと3カ月持ちます。

これまでは、早く効果が出てほしいので、一度にたくさん飲んで、1ボトルがあいたら、次のものを飲んだりしていました。

今回は、「ゆっくり じっくり」をテーマにして、慌てず 3か月 まじめに続けてみました。


私のストレスは「することが多いのに十分な時間がない!」と焦ることだと自分でわかっていました。

このノパルを飲み始めて、それが少し軽くなりました。

以前ほどいらいらしなくなりました。

本流の方は、ストレスクリアほど表面にこれと現れた感は少ないですが、流れは「イベント」に向いていきました。

私は以前からイベント関連のことはずっとしてきていたけれど、他のことも何かと手を出しているので、どれが本流なのか、自分でも不明なところがありました。

だから、おお、イベントなのね、って感じです。

どんな風にっていうと、イベントを作る機会がやってきたこと、イベントにかかわる人材が出てきたこと、などです。


で、3か月、飲み終えて、次はNES ProVision。



沙羅のちょっとだけスピリチュアル-NES

マウスの大きいのに手を載せると、コンピューターが私のデータを読み取り、潜在意識の中のいらなくなったゴミを探してくれるのです。

たとえば、私は「愛」がポイントでした。

「愛される」ことを意識すると、愛されない自分にフォーカスしてしまい、愛されるように舵を切ろうとします。

ところが、それが浅知恵だから、どうも思うような結果にならないわけで・・・


最初のテーマが「金運」なので、ここでも私は「半年でお金持ちになる」という設定をしました。

あぶりだされるのは「愛」と「受容」。

自分への愛が十分じゃないので、自分が信用できなくて、自分への信頼がないから人を信頼できず、人は助けてくれないから自分でやろうってことになり、やるとできるようになるから人はまた「やって」と私に頼るようになり、愛されたい思いがあるから断れずにやると、できるようになり、できるからそれほどのことをしたとは思わなくなり、対価を要求できず、使われっぱなしになって、受け取れない、というストーリーです。


これを半年で根こそぎ、取っていきます。

今、3分の2の過程が終了しています。


毎日、波動水を飲むのです。



沙羅のちょっとだけスピリチュアル

変わったのは、ずっと痛かった腰が少しずつ軽くなってきています。

肩こりもかなり楽。


「自分で背負う」をやめつつあるので、肩こりが楽になってきているのだと思います。

自分で背負って、だれも助けてくれないという「怒り」が腰にたまっていたので、肩こりが楽になった分、腰も楽になってきているんだと思います。


それから、5月20日にパーフェクトハーモニーの「リレーションセレンディピティープラス」というエネルギーを、自動的に自分に働くようにする「オートロード」というのを受けました。

セレンディピティーは、よい偶然を選び取る能力をさします。

リレーションは関係なので、人や物との関係性でよい偶然を選び取るエネルギーです。

プラスは、それにチャンスメーカーという設定のエネルギーが働くように加えたからです。


このオートロードを受けてから、私の人脈は前にもまして勢いよく広がっています。

それも、なんかちょっと変わった人たちと・・・そして、イベント関連、スピリチュアル関連で…

たとえば、国宝級の藍染めの先生とかかっぽれの家元とか、一風変わったお坊さんとか世界で一人と言われるヒーリングミュージシャンとか、ミエル山伏のおっちゃんとか…


あ、それから、風水を勉強しながら、自分の家のことは灯台もと暗しで、ふと気づいたら、あら、これが問題やん!という箇所があり…

専門用語でいいますが、玄武の位置に後ろ盾がなかったので、後ろ盾を作りました。

つまり、協力者を表す位置が、スケスケなので、だれも助けてくれなかったわけです。


というわけで、今はまだ たのしいこととゆとりが一度には手に入っている状態ではありませんが、これらの計画的改善は、私的には確かに効果を感じています。

ここからが楽しみなところ。


続けて、経過は報告します。




沙羅のちょっとだけスピリチュアル-森の緑


フォーククルセィダースって覚えてますか?

加藤和彦、北山修、はしだのりひこの3人が「帰ってきたヨッパライ」でデビューして、この「悲しくてやりきれない」は彼らの何曲目の歌だったかしら?


今、ちょっと懐かしくて、聞いているのですが、この歌の歌詞って ほんと、何にも解決しないでしょう?

それでも、この歌を聴いて なんか救われた気持ちになった人って多いと思います。

ほっとするっていうか、まぁ、今でいえば「イヤサレル」感じ。


それはきっと「共感」なんでしょうね。

人ってつらい時、悲しいとき、解決してくれたらとっても嬉しいけれど、それより前に受け取ってほしいと思うものです。

「ああ、そんなに思うほどつらいのねぇ」

この言葉でどれほど救われるかしれません。


ウケウリですが、森田健という人からこの話を聞いて、その後ずっと心にとどめている話があります。

「おかげさま」の話です。

おかげさまは、力の弱い神様です。

おそらく女性の神様です。

男神のように、人を裁き、人の望みをかなえたり罰を下したりするような大きな力のないおかげさまは、ただ あなたと一緒にいることしかできません。

あなたが悲しいとき、あなたと同じように一晩中 一緒に泣き続けます。

あなたが、理不尽だ、不条理だ、不公平だっ!!と悔しがる時、彼女もあなたのそばでこぶしを握り、そうだ!そうだ!と悔しがります。

どうしょうもないと頭を抱えるとき、彼女も所在なく座り、あなたと共に深いため息をつきます。

あなたが、嘘をついても、不正をしても、人を裏切っても、どんな罪悪感を抱えていても、いつも彼女はあなたとともにいて、そしてあなたが死んだとき、あなたこそ天国へ行くべきだと、天国の戸をたたき続けます。

「入れてあげて。この人はここに入るべき人だから、ここに入れてあげて!」

あなたが天国に入れるまで 彼女は天国の戸をたたき続けるのです。


多分、宇宙には善悪はありませんし、死んだあと、裁かれるようなこともありませんが、このおかげ様の話は、何度思い出しても ウルッとします。


今の時代…何度も生まれかわって 歴史が積み重なって 人間も自然に進化して、男神が君臨する世の中ではなくなって、そして 人の心を支えるのは こうした力のない女神なのかもしれません。

解決ではなく、受け取ること…


本当はこれが、アセンションにつながるヒントかも とも思います。

NES Provision というシステムがあります。


沙羅のちょっとだけスピリチュアル-コスモレゾナンス2


こんなマウスのようなものの上に指を30秒置くだけで、体のことも意識のことも事細かにPC上にデータが現れるのです。



沙羅のちょっとだけスピリチュアル

たとえば、私は、腰が痛くて、寝つきが悪くて…といったことから、小さいときの体験からなんでも自分でやらなくちゃと思っていて、人からのサポートはあてにできないと思っていることまで詳細に現れるのです。


これまでに出会ったおおむねのカウンセリング法は、現れたことを分析していって、内観して、その原因を探り、見つけ出して向き合いましょう、ってところで終わっていました。


ところがこのNESというシステムは、もちろん分析はしますが、そういう「症状」だとわかったら、その解決策としてレメディーを処方するのです。



沙羅のちょっとだけスピリチュアル-レメディー

話はかなりはしょりますが、このレメディーをとることで、自分の望む自分になるのを妨げていた根本の原因を取り除けるというのです。

当然ながら、3次元では無理なリクエスト(身長6mになりたいとか明日、キムタクと結婚したいとか…)もありますが、たとえば「半年でお金持ちの自分になる」とかなら、それに合わせた処方というのがあるのだそうです。


おや、それはいい方法じゃないですか!

飲むだけでいいのです。

もう、内観して、原因を探って、向き合って、という面倒くさいことをしなくていいのです。

確かに、何が原因だったのかについては、あとで見てみたいっていう好奇心はあります。

「おおっ、こんなものが引っかかっていたのかぁ~」って風にです。


おそらくつまらないものなのでしょう。

でも、それがあるから、いろんなものがそれに引っかかって、雪だるまのように大きな塊になって、流れを妨げているのだろうと思います。

だから、原因となるものが取れたら、そこに引っかかっていくものはなくなります。

それについては2度と現れないのだそうです。


つまり、前進しかないってことです。

そして、希望するなら、さらに邪魔なものを取り除いていくことができます。

で、最終は「悟りの領域」にも進んでいけるということでした。

(NESではなくて、つぎの段階に進むってことです)


この「悟りの世界」は、物事をジャッジするということから解き放たれた世界なのだそうです。

「欲」は消えません。

「欲」がなければ存在自体ができないので、欲は残りますが、良い悪いとか上下とかのジャッジがなくなるのだそうです。

そうなると、「世の中は楽しくてしょうがなくなる」と聞いて、私のスピ友アリーは「キャー、そこへ行きたい!」と目にハートマークがいっぱい。

「サラさんは?」と聞かれました…


私は…悟りの世界へは行かなくてもいいなと思っています。

私は、もう一度(いえ、もう数回)この3次元に生まれてきたいのです。

ここはなかなか楽しいところ。

だから、そんな楽な方法があっても、悟りにたどりつくかなっていうぎりぎりのラインまでで、とどめておきたいのです。

私は私利私欲がいっぱいで、あっちでもこっちでも頭を打って、肝心なところでコケて、何かがちょっとうまくいったら鼻高々に喜んで、そういうフツーの人生をまだまだ楽しみたい。

そうそう、てっぺんには行かなくてもいいのです。


だけど、そうはいっても、何かと不都合なこともいっぱいあるし、ほんとにレメディーを飲んで腰の痛みが消えたり、すぐボランティアしてしまう癖の原因がなくなったりするのなら、それはとってもおもしろいことだから、体験してみたいと思っています。


現在、実験中のことがあるので(TDEです)、それが一区切りついたら、このレメディーの実験をしてみようと思っています。

始めたら、報告していきます。








ザ・ふじやんというちょっとふざけたシンガーがいて(彼のことは以前にも書いたことがあります)、書きすぎっ!っていうほど、曲を作っています。

先日は「うつ病の歌、書いたんだけど…」って言ってましたが、まだ聞いていません。



沙羅のちょっとだけスピリチュアル-ふじやん


で、今日は、彼の「金魚の金ちゃん」という歌の話をします。

例によって、私はMCをしながら聞いたので、もとより真面目に聞いてはおらず、内容もうろ覚えですが、だいたい以下の通りです。


お祭りかなんかで金魚すくいをして、持って帰ってきた金魚を飼うことになって…

金ちゃんと名付けて、子供たちも可愛がって、家族みたいに思えてきたので、1匹だけじゃさびしいだろうって言い出して、自分たちのお小遣いで数匹の金魚(だったかな、メダカだったかな)をかって、水槽に入れてあげた数日後、子供たちの目の前で、金魚の金ちゃんは新しい仲間をパクっ!と食べてしまった。

驚愕する子供たちに、彼は、「これは、自然の営み。金ちゃんが悪いわけではないのだよ。こうしてみんな、一生懸命生きているんだ。」と生態系を教えた。

金ちゃんが、仲間を食べてしまったので、ふじやん家では、また新しい金魚を買って、水槽に入れた。

すると、今度は、その新しい仲間がふじやんの目の前で、金ちゃんを食べてしまった。

驚愕するふじやんに、こどもたちが、「これが自然の営み」と教えた。


そして、こうした水槽の中の出来事を彼らが観察しているように、ただ、一生懸命、暮らしている我々のことも、誰かが観察しているのかもしれない…

というオチで終わります。


ふざけているけど、これは深い話です。


たとえば、2次元は面です。

この面が、面であることを認識するには、上から見ないといけないので、次元は一つ上がって3次元からでないとそれが2次元であることはわかりません。

つまり、それが面であることに気付いたということは、すでに3次元から見ているということになります。


もしかして、こうして一生懸命に暮らす、ということを誰かが観察しているのかも、という視点は、一生懸命暮らしている次元より上の意識を持っていなければ気づかないことなのです。


これは次元上昇です。

「アセンション」に当たります。


ふじやんは、スピ系人種ではありません。

少なくとも、そうは見えません。

でも、こういう3次元に密着したところに有るスピな知恵というのは、とても素晴らしいと思います。

どんなに価値ある高次の知恵でも、明日、3次元で使えなければ、絵に描いた餅なので…。

そして、それを笑いの中で表現するっていうのも、素晴らしいと思います。


これだけ褒めたら、また、CDに収録するかも…アイツ。