沙羅のちょっとだけスピリチュアル

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ディープにスピリチュアルではありません。
軽~く、ちょっとだけスピリチュアルなブログです。
明日、スーパーで使える高次の知恵が切り口です。

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奈良県の天川で、復興音楽祭があって、Sおじちゃんが連れて行ってくれるというので、いってきました。

サラには、初天川でした。


「恨み」が出ていたかった腰も徐々に軽くなって、この日は普通に歩けるようになっていました。

天川についたら、一緒に行ったKが「気持ちいいんだけど、とっても眠い」と言い始めました。

エネルギー酔いです。

私は、というと、眠くはないけれど、軽~いめまいを感じました。

でも、それからすぐになんともなくなって、音楽祭も楽しみました。


天河神社の前にある大銀杏も見に行って、エネルギーをもらって。


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岡野弘幹さんとも、来年のイベント企画の件でお話しさせてもらい、



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最後には、天川のまだうっすらと明るさの残る空にかける龍まで見て、目いっぱい楽しんで帰ってきました。


で、サラのおうちの近くで遅い晩ご飯を食べることになって、わいわいそれも楽しくごはんを食べたのですが、そのあたりからかなり私はヘロヘロになってきて、座っているのがやっとな感じ。

別に頭が痛いとかおなかが痛いとかではないのですが、とにかくぱたっと倒れたい気分なのです。


その翌日(つまり、昨日)も1日、疲れが残っている感じでした。

これ、エネルギー酔いっていうより、エネルギー当たりって言った方がいいような。


人間の大本の魂とこの三次元にいる自分をつなぐ導管が、天川のエネルギーできれいにされたのはいいけれど、受ける側の三次元の自分が、まだそんなにいっぱい処理できる状態じゃないので、フリーズして最初からまた立ち上げる、ってことならしいです。


でも、この症状って、これまではどこへ行っても出たことはアリマセン。

ひょっとしたら、ふたされていたものが開いてきたのかもって思います。


でね、また腰が痛いのですよ。

それも、天川へ行く前とはちょっと違う痛み。

これを こうたろうさんに言うと、「あ、また別のものが出てきた」って。

「恨み」より根強いものって何?

どうやら、恐怖や罪悪感ならしいです。

これらは根強いけれど、恨みのように1%でも残っていたら、また増殖するっていう性質ではないそうです。

カバーしているものが取れてくると、まぁ、いろんなものが出てきますね。

この恐怖と罪悪感も、出てくるのは想定内だけど、ほぅ、ここで出るか、って感じです。

たいへん、歩きにくいです。


これらの恨みや恐怖、罪悪感が取れてくれれば、数値は跳ね上がるそうです。

数値が高くなると、こうしたエネルギー当たりは、どこへ行ってもなくなるのだそうです。

納得・・・。


来週は、薬師寺のプレ落慶法要に連れて行ってもらいます。

また、面白いことが起こるかも。






NES ProVisionで測定を始めたのが今年の4月。

半年でお金持ちになる の設定で 今回が最後の1カ月となりました。

これまでに、レメディーを3カ月、波動水に切り替えて2本、で、今日、最後の1本の波動水を受け取りました。


でね、今日、波動水を私に渡すために、昨日、波動の測定をしてくれていたのですよ。

数値は上がっていると私も思っていたし、測定してくれるこうたろうさんもそう思っていたのです。

ところが、数値が下がっていたのです。

しかも、「恨み」が出てきて、「腰痛」が出ていたらしい。

こうたろうさん、おかしいな、間違ってるのかなって思ったらしいです。

でも、けさ、お風呂に入って出てきたら、腰が痛くて歩きづらくなっていました。

波動測定では、昨日から腰に信号が出ていたんですってさ。


恨みが出てるんで、数値が引っ張られて下がっているんだろうと、こうたろうさんは解説してくれました。


私は、腰に怒りをためているって言われてました。

それが、恨みになってるの。(ギャーッ!)

だけど、これは私、想定内でした。

いつか出てくるだろうと思っていたし、出てくるのはたぶん、芯の部分がむき出しになってきたときだと考えていたから、とうとう来たなって感じです。


その考えはどうやら当たっているようです。

これを過ぎたら、恨みがとれて、数値もあがりやすくなるようです。


おそらくこの「恨み」は大分 小さい頃の情報だと思います。

それが、繰り返し 生活の中の出来事として現れてきていたんだろうなと今、わかります。


つい先日、大きなイベントがありました。

その中で、以前私が携わっていた(8年くらい前から3年くらい前まで)もっと大きなイベントの時に体験した理不尽さや不公平さを思わず思い出してしまうような出来事がありました。

たぶん、今の「恨み」はその時の恨みでしょう。

でも、そのルーツは幼少期の「お姉ちゃんなんだから辛抱しなさい」という言葉に端を発しているのです。


だってね、お姉ちゃんだからっていったって、2歳くらいしか違わないから、子供は子供です。

ほしいものも同じようにほしいし、我慢できないことは同じように我慢できないのに、立場上、いい子を演じざるを得ない。

私はそうやって、期待にこたえてきました。

それでも、周囲の大人から見れば、お姉ちゃんだから当たり前 だったのです。


イベントの時も似たような状況でした。

私の肩書には長がついていたので、最高責任者ではなかったけれど、何もかも私の責任のようになったし、何もかも私がやるまでだれもしなかったし、かといって、して、うまくいっても当たり前だったし・・・。

だから、「ありがとう」なんて言われないし、評価もなかったのです。


結局、物事は過ぎて行って、私も表面は忘れて過ごしてきているけど、何かあると思いだしてしまいます。

あの「恨み」・・・


これを、内観しながら自分でブロックを外していくってのはかなり大変だと思います。

だって、これはかなり根強い。

波動水を飲んでいると、これも飲んでいるだけで外れていくそうです。


今、いじめの問題が多いけど、いじめられた経験を持つ人はきっとこんな風な感じだと思います。

腰痛で出るのか何で出るのかわからないけど、きっとどこか体にも不調を抱えて生きていく。

それが、まさか学校時代(かどうかはわからないけど)のいじめの経験からきているなんて、思いもよらないと思います。

しかも、自分がいじめた方じゃなくて、あるとき これといった理由もなく身に降りかかったことが原因だったら、どこにも持っていきようがないやるせなさを感じると思います。


もし、心当たりがあったら、こんな方法もあるって教えてあげたい気持ちです。

ちょっととりとめがなかったけど、まぁ、この辺で。




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これ、7月7日に全国でロードショーされた「スープ」という映画です。

原作者は、私の好きな森田健の「生まれ変わりの村」


だから、作り話じゃないんです。


あの世には、前世を忘れるスープがあって、ほとんどの人は、このスープを飲んで生まれ変わってくるので、また新しい人生を1から歩くことになります。


森田健(もりけん)は、言います。

死んであの世に行っても、「私」という視点はずっと変わらず継続する…。

さらに、こんなことに気付いた人がいます。

すると、「私」という存在はどこから始まったのか…つまり、前世を忘れて生まれた今世で持っている「私」の視点は、生まれる前のずっと前からあったってことになる。

ってことは、「私」だと認識している「私」の視点は、今の私のものではなくて、すでにあったものってことになる。


ああ、これはすごい気付きです。

もう、空の世界…だわ。


「生まれ変わりの村」や「スープ」で証言される「あの世」は、それ以上に死ぬことがないので、働くことも働きたいからというのが理由だし、食べることも食べることがたのしいからというのが理由の豊かな世界です。

あの世の方がいいじゃないって思う人がいるのも無理はないってとこです。

だけど、この魂の成長ってことになると、ちょっと事情が違ってくるのです。


あ、魂は別に成長しなくても全然オッケーなのですよ。

いい悪いは何もないです。

ただ、運をあげようと思うと、やっぱり波動は上がっている方がいいみたいです。

そして、その波動をあげられるのは、三次元だけのようです。

そうなの、あの世では波動はあげられないみたい。

つまりね、生きている間に自分の波動をあげておかないと、あの世の暮らしも、次の世のスタートも死んだ時のレベルってことになる。


ちなみに、運がいいって言えるのは、金運と官職運だけだそうです。

官職運っていうのは、地位・権力になるんだけど、これは動かせるものがどれだけあるかってことだと思います。

要するに、自分を助けたり、支えたりしてくれる人がどれだけいるか…なので、ネットワークって考えたらいいと思います。

健康運とか恋愛運とか寿命とかは、都合だし、運がいいとは言わないんだって。

病気になった時に、使えるお金や助けてくれる人がいないことが問題なので、それは状態ってことになるのです。


この世で、金運や官職運をあげておかないと、前世を覚えていてもいなくても、そこからのスタート。

それも、いい悪いはないけど、私は 運がいい方が何かと都合がいいと思うから、ちょいと波動水を飲んだりしてます。


あの世のことについては、また別の機会にいっぱい書きたいことがありますが、まぁ、今日は長くなったので、ここへんでやめときます。



先日のこと、とあるご縁で仲良しになった山伏のおっちゃんが、さらに仲良しになるために遊びに来てくれました。

おっちゃん、ミエルのだそうです。

もちろん、四六時中ミエているわけではなく、意識を集中するとミエルのです。



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せっかく来てくれるからと、会いたいと言っていた友人を2人 呼んでいました。

そこにたまたま来た別の友人が加わって 私とおっちゃんと友人3人の5人が入り混じって、いろんな話をしていました。


友人Aが「いつも、サラさんにはお世話になってて…」的なことをおっちゃんに言った時、おっちゃんは普通に「ああ、そら、この人は持っとうからな。そやけど、普段は必要ないと思うから、使わへんだけや。」と謎の言葉。

やがて、人数がだんだん減って、友人Bだけが残った時、私はおっちゃんに聞いてみました。

「おっちゃん、私が持ってるものって、ソンナン系?」

「そう、ソンナン系…」


私には、思い当たることが何件かあるのですが、数年前 これもとあることから「鳴りがま」という神事に立ち会ったことがあります。

その時、その建物の2階にあたる使われていない倉庫部分に1体の霊がいて、それを除霊することになったのです。

神事を行ってくれたばあちゃんは、その役目を私に任命しました。

包丁を持って、ああやってこうやってと、ばあちゃんは私に指示して、私はそれを実行しました。

やって帰ってくると、ばあちゃんは、「あんたがなぁ、そうする気があるんなら、修行したらかなりええとこまでいくんやけどなぁ。かなり強いからなぁ…」と、これまた謎の言葉。


それをおっちゃんに言うと「そのばあちゃんは、大分 レベルが高いで。」って・・・。

あら、そうなのぉ?

失礼なことに、私は、あんまりなぁんとも思わずにおりました。

スイマセン。


で、その後、友人Bが、自分のことをいろいろおっちゃんに聞いていて、

「彼女には、ほんとにいろいろ助けてもろて…」と私のことを話した時、おっちゃんが突然、

「ああ、この人がもっとんのは…神系より仏やなぁ…神は、ときどきバサッと切って薄情なとこもあるけど、仏には慈悲がある…」と言いだして…。

「あんたは、自分にかかわった人を何でそこまで面倒みるかなぁ…途中で知らんっていうてもええのに、身を削ってかばいよる。そら、お金もたまらんわ。」


いやぁ、やめどきがわからないという表現が正しいと思います。

私が(経済的に)豊かになったら、みんな豊かになれると思うのに、ああ、そこがまずいところ。

神の方が良かった・・・と思うのは、ないものねだりなのかしら・・・


まぁ、今を愛して、もうちょっと賢くなるとしよう!

私が波動水を飲んでいる話は、ブログに書いています。

「半年でお金持ちになる」の設定で、情報を入れたヒマラヤ岩塩の水溶液…レメディーを3回、さらに深いものを根こそぎ取り除く波動水に切り替えて 現在1回目が終わろうとしています。


先日、複数の人の感想で「顔がやさしくなった」というコメントをいただきました。

まぁ、いろいろ捨てると軽くなって、それが現れるということかもしれません。



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波動って結構面白いのです。

どうも、波動数1000を超えると神の領域になるのだそうですが、「道教」の波動数は1800位あるんですって。

「般若心経」は1200位らしい。(そうだったと思う)


じゃぁ、私は?って聞くと、1か月前の時点で(つまり波動水を飲む前、レメディー3回飲んだ後)80くらい。

これは、普通の人レベルだって。

別に、波動値が高い方がいいからって、その数値を追いかけなければならないわけではアリマセンが、まぁ一応の目安として書いています。


「道教」や「般若心経」については、もっと書きたいこともあるけれど、今日のテーマじゃないので、またこの次。


そんでね、やっぱり波動が高いと、運はつかみやすくなる と考察します。

でも、気をつけてください。

波動が高い=運がいい とは違うのです。

「運をつかみやすくなる」が正しい表現と思います。


運は、万人にひとしく降ってくる…わけではアリマセン。

降ってくるんじゃなくて、流れているのです。

それも、人から見たら不公平に流れています。

そういうものです。

いえ…えーっと、運にもいろいろあって、人は毎日、いろんな運の流れの中にいて、その運が「いい運」か「どうでもいい運」かってところが違うというのが、いい表現かも。

だから、中には、「いい運」ばっかりに当たる人もいるし、「どうでもいい運」がいっぱい当たる人もいるし、ってことですかね。

まぁ、いいや。

で、運は流れているだけだから、自分が何にもしないと、いい運の流れに当たっても、ご利益はアリマセン。

当たり前です。

つまり、すんごい金運が流れてきていても、お家の中でじーっとしているだけじゃ、おかねは生まれないっていうことなのです。

そういうときに、たとえば宝くじを買いに行くとか商売をしに行くとか、人にお金を借りに行くとか、返してもらいに行くとか、とにかく何かアクションを起こさなければ、入ってこないのです。


これは、今、自分に金運が流れてきているかどうかを知ることがポイントになります。

波動が高ければ、自分の領域が大きくなるので、ちょっとくらい離れたところを流れている金運でも、圏内に入っちゃうってことでしょうね。


それから、この運を使った結果を左右するのが 風水と考えるとわかりやすいかも。

いい風水だと、いい運を使った時の結果が大きくなります。

あまり歓迎されない運は、小さくなります。

ところが、悪い風水だと、いい運がなかなか近づかないばかりか、せっかく来たいい運を使った結果もショボイものになります。


波動の高い人が、いい風水の場所で、いい運を使ったら、結果は大きくなります。(セ・レ・ブ!とか)

波動の高い人が いい風水の場所で、めったに来ないあんまり良くない運にあってしまった時の結果は、「あ、今日はちょっとおなかが痛い」程度で終わります。


波動の低い人が、いい風水の場所で、いい運を使ったら うん、ちょっとラッキーな結果になります。

波動の低い人が、悪い風水の場所で(こういう風水を選んでしまうのも運なのですが)、悪い運に見舞われたら、ちょっとやそっとじゃ再起不能な結果になります。


風水は、外のパーツをそろえることで改善されていくので、とりあえず、玄関の掃除から始めてください。

そして、ときおり、今の自分は運の流れに乗っているかどうか 確かめて、できれば、自分の波動も低いよりはあげていった方がいいと思います。


三次元だけが、自分を豊かにできる次元なので、できることはやったらいいと思います。