嵯峨玲王は、待ち合わせの駅で待っていた。
駅前広場の大時計が五分前を指していた。
玲王は携帯を出して、待ち合わせについて書いてある、メールを読み返した。

「玲王くん!」
明るく大きな声が響き、振り返ると流行りの派手なキャミソールに短めのボレロ、フレアースカートの中にジーンズ、ミュールを履いた女の子が立っていた。


「久しぶり、一年ぶりだね。
背、伸びた?何センチ伸びたの?今、身長何センチ?」
矢継ぎ早に話しかけてくるこの少女は、どうやら待ち合わせした、三角奈々緒(みづの ななお)らしい。


「え・・・あの、奈々緒ちゃん?」
「あぁ、ごめんね。
 私、この一年で15センチ伸びちゃって、今158センチなの。」  
 158?俺は5センチしか伸びてないから、162だぞ。


「今日、玲王くんに会えるの、すっごく楽しみにしてたんだよ。
実はね、今日私の十二歳の誕生日なの。」

四月三日に生まれた奈々緒は、春休み中に誕生日がやってくる。
この春、小学六年だ。


そして玲王は、三月三十一日生まれだから、つい先日、十四歳になったばかりで中学三年。
学年は三学年違うが、実際の年は二つしか違わなかった。

 「ごめん、知ってたら、何か用意したのに。」
「いいの!玲王くんと会えたことが誕生日プレゼントよ。
 嬉しい!会いたかった!歩こう、歩こう。」
奈々緒にせかされるまま通りに出た。


奈々緒が腕を絡ませてきたので、玲王が驚いて奈々緒の方に顔を向けると、キャミソールのふくらみが目に入ったので、慌てて目をそらした。

 女ってやつは、ちょっと見ないうちに、まるで別人のように成長するのか。
 つい一年前、柏倉クリニックで泣いている奈々緒を抱きとめた時は、妹の露海と同じような感覚だったのに。


 「じゃあ、九州には一年しかいなかったんだね。」
「そうなの。
去年、玲王くんに助けてもらって、ママに本当の事、言えたじゃない。
あれから、春休みにパパのいる九州まで行ったんだけど、パパの転勤二年で終わっちゃって。


でも、楽しかったあ。
九州の人は明るくて早口で、すぐ友達も出来て。
急に東京に帰る事になったから、メル友たくさん出来ちゃった。」
 本当に、明るくて早口になっている。
 口がはさめない。


「でも、前の学校は嫌だったから、わがまま言って、前よりズーッと遠い所に転校するの。
でも大丈夫、私、友達作るコツ、つかんで帰ってきたから。
玲王くんはどう?」
これだけ明るければ、友達の心配なんていらないだろう。


「うん、メールしたけど、同じ学校に戻った。
おかあさんに会えたら、何も怖いもの無くなっちゃってさ。
何言われても、何されても無視してたら、そのうち俺の事からかうの、あきたみたい。
今は全然。普通に学校に行ってるよ。」



玲王と奈々緒は公園を見つけて、芝生のある広場のベンチに座った。
 「今、月に一回おかあさんの所に行ってるんだけど、たまに他の日も勝手に行ったりしてるんだ。」
「玲王くんのおうちの人は大丈夫?」
「うん、おとうさんとおじいちゃんは知ってるから。
ただ、おばあちゃんにばれそうになった時、何回かあってさ。
いつもおじいちゃんが助けてくれるから、何とかうまくやってるよ。」


公園では家族連れやカップルがたくさん来ていて、おのおの休日を楽しんでいる。


「そういえば拓真さんだっけ?」
「うん、おかあさんのだんなさん。
メールじゃ詳しく打てなかったんだけど、夏に拓真さんの東北の田舎に行ったんだ。」
「あの・・・血の繫がらないお義母さんの話?」
「そうそう。」

 

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泣いている奈々緒を玲王にまかせて、柏倉は一旦、奈々緒・玲王・叔且を待合室に戻した。
やや放心状態の茉莉は、三人が出て行った後、柏倉に勧められるまま椅子に座った。


「あの、先生、私、前にも言いましたけど、役員は辞められません。
今辞めたら、無責任で、みんなに迷惑かけるし、四月の総会まで交代出来ないんです。」


「ええ、以前にも聞きました。
私が、役員は辞められないかと、三角さんに聞いた時ですよね。」

 



三角奈々緒の不登校の始まりは、学校での小さないさかいだったと聞く。
しかしキッカケはそうでも、母親の茉莉に愛されてないと、奈々緒が思い込んでいる事が大きな要因の様に思えた。

幾度となく作られた箱庭に、奈々緒自身が存在していない事が、如実にそれを表していたのだ。

 


「もう二月も終わりですよ、三角さん。
三月は転校には一番区切りが良いのではないですか?」


「駄目ですよ、先生。総会は四月の終わりなんです。
転校するにしたって、五月にならなければ。」


茉莉は引かない。
五月では、奈々緒は茉莉が、やはり奈々緒より役員が大事なのだと思ってしまう。


 「四月にあなたのする仕事は何ですか?」

「総会資料作り、PTA会員の全ての人の分を印刷して配布して。
それから、総会の段取り決めて・・・。」


 「総会当日の三角さんの仕事は?」

「え・・と、司会は副会長だし、質問は各部で受けるから・・・
そう、旧役員が揃って挨拶する時、会長だから私が代表で挨拶しないと。」


柏倉はじっと聞いていた。
茉莉の眼に柏倉が映り、茉莉は目をそらした。


 「総会資料作りや、総会の段取りは三月中に出来ないんですか?」

「そ、それは出来ますが・・・。」

「それならば、総会当日の挨拶だけですよね?」

茉莉は答えない。


「挨拶だけなら、その副会長に頼めないんですか?」

 



茉莉が相談室から出てきて、すぐ奈々緒が中に入った。
すでに涙は乾いていた。


 「奈々緒ちゃん、よく言えたね。
先生、びっくりしたよ。えらかったね。」


奈々緒は少しはにかみながら、うつむいた。

「玲王くんがいたから。玲王くんに、助けてもらったの。」

「そう、いいお友達が出来たね。」

「はい。」

奈々緒は今度は顔を上げて、はっきりと返事した。

 

 



心理カウンセリングを学んでいた柏倉が、心療内科医になる為大学を受験しなおしたのは、もっともっと心を傷めている人たちの、力になれる勉強がしたかったからだ。
それが真実どれ程役に立っているかは、柏倉自身はわからない。
それでも柏倉は、この仕事を続けていくのだろう。

 



夏の太陽が相談室にも強く差し込んでくる。

「今日は暑いね。」

柏倉が窓から外を眺めると、それを目で追うように少年が首を伸ばした。

 

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「十一番でお待ちの患者様、相談室にお入りください。」


三角茉莉が立ち上がると、看護士は娘の奈々緒と、玲王の父・嵯峨叔且も一緒に入るように話した。
三人はいぶかりながら、言われるままに相談室に入っていった。

 



相談室には柏倉と玲王がいたが、三人が中に入ると、柏倉も玲王も立ち上がった。

 「奈々緒ちゃんのおかあさんに、お願いがあります。」

玲王は茉莉を見た後、奈々緒にニコリと笑い、もう一度茉莉を見た。


 「奈々緒ちゃんの為に役員を辞めて下さい。
そして、奈々緒ちゃんと二人で、単身赴任のおとうさんの所へ行って下さい。
お願いします」

玲王が頭を下げた。
 茉莉は、玲王が何を言ってるのか解らなかった。


「家族は離れちゃいけないんだ。一緒じゃないと。
奈々緒ちゃんは、うちとは違う。
家族三人で暮らせるんだから。」


それから玲王は奈々緒の両肩をつかみ、茉莉に向かうように奈々緒を立たせた。


「奈々緒ちゃん、本当の事を言わなくちゃいけないよ。
言わなければ、おかあさんも解らないんだ。
ちゃんと自分の口から言うんだ。
でなければ、いつまでも、何も変わらない。」



奈々緒は茉莉を避けるように、下を向いていたが、やがて決心したように顔を上げた。


「ママ、役員、辞めて。ママに役員、辞めて欲しいの。
ママの役員は大切なお仕事だから、ずっと言えなかった。
でも、私は、ママに役員辞めて欲しいの。
私は、ママと一緒にパパについて行きたかったの。」


やっとそこまで言うと、奈々緒はワァーと声を上げて泣き出し、玲王が奈々緒を抱きとめた。

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叔且(としかつ)が玲王(れお)に母親と会う事を勧めてから、玲王自身も何度かクリニックを訪れている。
叔且は、玲王が母親と会う事を了解した時の事を、直後の相談日に語っている。

 

「最初は聞く耳持たない、という様子でした。
それで、思い切って賭けに出てみたのです。
『母親に会うのは怖いのか?』と聞いてやりました。
玲王が私を睨み、『怖くない』と言いました。
それからは、玲王の様子を見ながら話を進めると、やっと了解してくれたのです。」

さらに母親に夫と子供がいることについては、柏倉と協力し、少しずつ話してゆく事で、玲王を納得させていったのだった。

 


 「月に一回会うことを、桐代さんは納得されましたか?」

「いえ。・・・父が、父の誉次郎が、どんな事があっても反対させない、と言ってくれましてね。
驚きました。
たぶん会いに行く度に、母とはいろいろあるでしょうが、父が心配するな、と言ってくれたので。」




次に交代で嵯峨玲王(さが れお)が入ってきた。
叔且(としかつ)の言ったとおり、明るく微笑みながら、母親との再会の様子を話して来た。




柏倉は一番最初に玲王がこの相談室に来た日のことを思い出していた。
あの暴れていた玲王、母親と会うことが決まった後も、暗く落ち込んだ様子だった。

その玲王が、ここ何回か、いろいろ話してくれるようになったのは、おそらく三角奈々緒(みづの ななお)のせいではないのか。
先日、奈々緒の精神状態にかかわる事件が起きた時も、玲王は冷静だった。
三つ年下の奈々緒をかばう様に、奈々緒に寄り添っていた。

 



「先生、俺、こんなに妹がかわいいとは思わなかった。
帰る時に、露海(ろみ)が首にすがり付いてきて、泣きそうになりながら『また来てね。』って言うんだ。
それに拓真さんが・・・。」


 「拓真さん?」

「あ、おかあさんのだんなさん。」

「拓真さんて、呼んでるんだ。」

「拓真さんがね、父親でも兄でも伯父でもないけど、でも俺の家族になりたいって・・・。
だから、名前で呼んで欲しいって言うんだ。
それに、家には決まった日だけでなくて、いつでも来ていいし、もう一つの自分の家だと思えばいいって。」

玲王は照れながら頭をかいた。


この子のこんな幸せそうな姿を、柏倉はかつて見た事があったろうか。

 


それから玲王は、叔且と佳苗が離婚した時の親権問題にふれた。


 「それで玲王くんは、その事をおとうさんに言わなかったの?」

「本当は、帰ってきた時言ってやりたかった。
おばあちゃんにも。
でもおかあさんが、その事で、お父さんを責めないで欲しい、っていうから。結局、おばあちゃんにも言うのを止めたんだ。」



この子は、なんて強いんだろう。
長い間一番傷ついて来たのは、玲王なのに。
玲王は桐代さえも許している。



「先生でもね、俺まだおかあさんて言えてないんだ。
先生には言えるんだけど、おかあさんの前では、言えなかった。」
「これから何度も会えるんだろう?
いつかきっと、自然に言える時が来るさ。」

玲王はちょっと唇を噛みながら、頷いた。



「それから、先生にお願いがある。」

玲王はずいっと体を前に倒し、柏倉を見つめた

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世間ではゴールデンウィークらしい

 

土日祝、関係のないシフト制の仕事をしていると

 

世の中、実は祭日休日に働いている人が多いと感じる

 

労働者諸君!!

我々が世界を支えている!!

 

 

 

毎年、同じことを言っている私

 

「働かざるも食うべからず」

亡くなった父が、私が幼い時から、言っていた言葉

 

世の中には、ご病気や事故・事件のおケガや、障害などで働きたくとも、働けない方々がいます

 

働けることは、ありがたいこと

働ける仕事があることに感謝

 

仕事を頂けることに、こころから感謝しています

 

ありがとうございます<m(__)m>

 

 

柏倉康寛は看護士に目で合図した。
看護士は柏倉の手元のカルテを目で追いながら、
そのカルテに付いている付箋の番号を読み上げた。

「八番でお待ちの患者様、相談室にお入りください。」
中学生の不登校の少年が入ってきた。

柏倉は、つい半年前まで通っていた同じ不登校の少年を思い出した。
少年の名は嵯峨玲王(さが れお)といった。

ーーーーーーーーー

その日は玲王の相談日で、最初に嵯峨叔且(さが としかつ)、嵯峨玲王・中学一年の父が一人で相談室に入った。

嵯峨玲王は父・祖父母の四人家族。
母と乳児期に別れ成長。
中学に入る頃より母親の顔も見た事も無い事をからかわれ、不登校となり、家出を繰り返していた。



「玲王くん、おかあさんと会われて、いかがでしたか?」
柏倉は叔且と顔を合わせるなり、開口一番そう言った。



柏倉が営む柏倉メンタルクリニックに、最初に相談に来たのは玲王の祖父母、誉次郎(もとじろう)と桐代(きりよ)だった。

当初中学で母親の事でからかわれていた玲王は、思い余って手を出してしまい、かえって喧嘩慣れしていた相手に殴られてしまって、あざを作ってきた。

それを見た誉次郎と桐代が学校に行った事から、さらにからかいが、いじめへと発展し、やがて学校へ行かず、昼となく夜となく、繁華街をうろつくようになったようだ。

そして最後に桐代の言った言葉を、柏倉は忘れられない。
「あの子の母親が悪いんです。
あの佳苗の血が、玲王を横道に誘いこんでいるんです。」

この祖母に、母親の悪口を聞かされて育った玲王は、生まれた瞬間から、自分の生命の半分を否定され続けてきた。

それがどんな意味を持つのか、桐代に説明しても、事態が良くなるとは思えなかった。

ーーーーー

「驚くほど明るくなりました。
相手のご主人も事情を理解してくださったので、これからは月に一回、日を決めて、会うことになりました。」

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「変な事聞くけどさ、義母さんは、俺を育てる時どんな感じだったの?」


佳苗の別れた夫との子供、嵯峨玲王(さが れお)と会うことが決まった時、
拓真が電話してきた。

祥乃は笑って答えた。

「どんな感じでもないわ。自然かな?」

「自然て・・・。」

「自然。急に身内になれる訳じゃないんだから。」

「身内・・・ねえ。」


我ながら、たいしたアドバイスも出来ない親だと、
後で祥乃はひとりで笑った。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

もともと弟の息子だったのだから、同じ森弥の性は名乗っていた。
伯父さん、伯母さんと呼ばれていたが、やっている事は父母と同じだったと自負している。
それでも、きちんと養子縁組して戸籍上の息子にしたかった。
夫と祥乃の思いは同じだった。

だが、どうしたものか、こんな大事な時になって、意外と夫はだらしなかった。
拓真に断られるのが怖いのだろう。
なかなか言い出せずにいた。

祥乃は、自分が言う、と夫に言い出した。
夫は慌てたが、祥乃は駄目元だと思っていた。
所詮、祥乃と拓真は他人なのだ。
拓真に嫌だと言われても仕方が無い。

ここが、夫と祥乃の決定的に違う所だった。
夫は身内であるが故に臆病になり、
断られた後の気まずさばかりを考えていたのだ。

 


拓真の中学二年の夏休みが終わろうとしていた。
ちょうど拓真の父母兄の七回忌を済ませた年だった。


「拓真、伯父さんと伯母さん、拓真にお願いがあるの。」

祥乃の急な申し出に、拓真は戸惑いを隠せなかった。
祥乃は、すぐに返事をしなくても良いと言った。
拓真の返事を何年でも待つと言ったのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー
 

「何年でも、なんて、今思えばよく言えたものだわ。
ほんとはすぐにでも返事がほしかったのに。」


祥乃が一息ついていると、ガヤガヤと子供の声が聞こえた。


来た!

祥乃は飛び上がった。
そして、急いで玄関にかけていった。


「いらっしゃい。みんな、よく来たわね。疲れたでしょう?」

露海(ろみ)と手をつないで、嵯峨玲王(さが れお)が立っていた。
祥乃は玲王の手を引いて、家の中へと導いた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 


拓真が正式に祥乃夫婦と養子縁組したのは、祥乃が言い出してから一年後のことだった。

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祥乃が夫に返事をしたのは拓真の退院が間近にせまった日だった。
拓真を引き取る事をまず了承すると、夫はやっと笑った。
ここのところ夫の笑顔を見た事が無かったので、祥乃は少し戸惑った。
しかし、言わなければならない事があった。



「あなた、私、拓真くんは好きだし、かわいいし、引き取る事に何の依存も無いの。
ただね・・。」

夫が不安そうな顔をした。


「母親になれるかどうかは、一緒に暮らしてみないとわからない。
ずっと伯母さんのままかもしれない。」

夫は黙って聞いていたが、やがて何度も頷いた。


「そうだな。お前の言うとおりだ。
俺も気を張りすぎていたかもしれない。
伯父さんのままでもいいんだな。
もしかしたら、いつか父親になれるかもしれないし。
先の事はわからないよな。」


まもなく、夫は、拓真に家族の死を知らせ、祥乃達は拓真を伴って、自宅のある東北の田舎町に戻った。

 





正直、拓真を育てるのは思った以上に大変だった。
家族を失った拓真の傷は深く、心を開いてくれないばかりか、新しい生活にもなかなかなじめなかった。

また、すぐに思春期を向かえ、難しい年頃の拓真にどう接していいのかわからず、夫とともに悩む日々だった。



夫は拓真を引き取った時から、毎日拓真と風呂に入った。
スキンシップが何より大切で、拓真と心を通わせる一番の近道と考えたからだ。


中学に入る頃から、拓真は嫌がり始めたが、夫は「男同士だ」と言って譲らず、この習慣は拓真が東京の大学に進学するまで続いた。

 


一緒に暮らして五年もすると、いつの間にか祥乃の心の中で、拓真が無くてはならない存在と、気づかされる事が多くなった。

その頃には、祥乃にとって、すでに拓真は息子になっていたのだ。



拓真と正式に養子縁組することを最初に言い出したのは、祥乃だった。
おそらく、夫はもっと以前からその事を考えていたのではないか。
だが、祥乃の気持ちはもちろんだが、何より拓真の気持ちを考えて、言い出せずにいたのではなかったか。


また、拓真はその頃中学に入り、やっと環境にも慣れ、友達も出来てきていたが、難しい年頃には違いなかった。

 

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 「拓真の事なんだが・・・。」

夫は言いにくそうに言葉を切った。



「拓真を・・・拓真を・・・引き取りたいんだ。」

祥乃はホッとした。何を言うのかと構えていたのに、そんな事か。


「もちろんよ。拓真くんが良くなったら、連れて帰りましょう。」
「いいのか?本当に、いいのか?」

夫は、確かめるように何度も繰り返した。祥乃も何度も頷いた。


「祥乃、引き取るって事は・・・いずれ、
父親と母親になるっていう事なんだぞ。

拓真は一人ぼっちになってしまった。
その心の傷を負った拓真を、この東京から転校もさせて、
全く違う土地で、あの田舎で育てるんだ。生半可な覚悟では出来ない。」



祥乃は夫の言葉を聞いて、少したじろいだ。
そこまでは考えていなかった。
拓真にとって身内は夫しかいない。
だから、引き取る。
そんな単純な図式しか考えていなかった。


拓真の母親になる?
この自分が?

子供が出来なかった女が、八歳の男の子の母親になる。
夫には甥だが、祥乃には、他人だ。
全く血の繋がりが無い。

その拓真を、子供を育てた経験の無い自分が育てられるのだろうか。
母親になれるのだろうか。



祥乃は少し時間が欲しいと言った。
それから夫は、祥乃が自分からその話題に触れるまで、何日でも待ち続けた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 




「あら、そろそろ高速降りたかしら?」


高速道路を降りてから、約四十分かかる。
拓真はたぶん、お墓参りをしてから来るだろう。
後一時間はある。

祥乃は昼食に向けて、大きなテーブルを出してきた。
家族が多かった時に使っていた、年代物のちゃぶ台だ。
祥乃は五人座れるか確かめてから、また台所に戻った。

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森弥祥乃は、いつもの様に仏壇に丁寧に手を合わせた。
仏壇には、今朝方庭から切ってきた、祥乃の育てた竜胆と菊が供えられている。


「あなた、今日拓真が来ます。お正月以来ですね。
もちろん、佳苗さんと露海(ろみ)も一緒ですよ。

でもね、今日はもっと嬉しい事があるんです。
私だけ、こんなにいい思いをして。あなた、妬かないで下さいよ。」


祥乃は仏壇に話しかけると、拓真達を迎える為のごちそうの準備に取り掛かった。

ごちそうといっても、決まりきった田舎料理。
お盆には精進揚げとお煮しめ、漬物と相場が決まっている。

それでもいつもは祥乃一人の食卓に四人も人が増えるのだから、祥乃には大変な事だ。
その大変な事が、祥乃には嬉しくて仕方がなかった。

 

 

 

祥乃の息子拓真と、祥乃は血が繫がっていない。本当の子供ではない。


夫が亡くなってから、細々と続けているこの小さな雑貨屋に、祥乃が嫁いできてから、五十年近くの年月が過ぎた。


当時は、五つ年上の夫、舅、姑、高校生の拓真の父がいた。

数年と時を経ず、拓真の父は東京の大学に進学し、卒業後東京で知り合った拓真の母と結婚。
拓真の兄と拓真、二人の男の子をもうけた。

 


ところが、祥乃には子供が出来なかった。
盆と正月に弟夫婦が帰省する度、舅・姑は孫との再会を喜んだが、祥乃には針のむしろだった。


『子無き三年は去れ』などという言葉は、すでに死語に近かったが、それでも祥乃は、気にせずにはいられなかった。

 


一度だけ、夫に言った事がある。


「子供が出来ないので、別れて下さい。」

夫は驚いて目を丸くしていたが、そのうち声を上げて笑った。


もともと豪快な人ではあったが、祥乃にしてみれば、思いつめた後の最後の結論だった。
それなのに、それを笑う夫に腹が立った。


だが、夫はひとしきり笑い、まじめな顔をしたかと思うと、祥乃をぎゅっと抱きしめた。


「俺はお前がいい。」


夫が一言 そう言った。
祥乃は驚くと同時に涙がぽろぽろとこぼれてきた。


それだけ、それだけだった。
その後二度と、祥乃は子供の話をする事は無かった。


 

突然舅が倒れ、半年間の介護もむなしくこの世を去った。
さらに一年と立たず、姑が後を追った。


その度家族で訪れたたった一人の弟に、夫は、両親の分も長生きしようと、繰り返し話していた。


ところが、姑を亡くした翌年、弟夫婦が交通事故にあった。
祥乃と夫は店を休業にして、東京に向かった。


当初の警察の連絡では、生き残った者がいるのかどうか、東京の病院に行くまでわからなかった。



生きていた。


たった一人、末っ子の拓真だけが明日をも知れぬ、命の危険にさらされた重体だった。
弟夫婦と拓真の兄は即死だった。



三年続けて肉親を失った夫。
祥乃から見ても、声をかけられない程痛々しかった。


その時祥乃が出来た事は、夫とともに、出来得る限り、拓真の介護をする事しかなかった。

 

 
事故から十日目、拓真は意識を取り戻した。
拓真には家族の死を知らせず、介護を続けた。

 

「話があるんだ。」

拓真が意識を取り戻してまもなく、祥乃は夫に病院の屋上に誘われた。


こんな改まった夫は初めてだった。
何事かと思い、祥乃も覚悟を決めて、屋上に上がった。

 

愛の糸 #31 へ続く

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そして、またどこかの時代で

 

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