お久しぶりです、SHINAです。
少し間を開けてしまいましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
この時期、もう桜は散り始めて地面が桜に埋もれることもある場所が出てきています。
気温も若干上がりつつあることから、昼間は普段肩ほどある髪の毛を束ねて行動することが増えるように。
そこで、ふと疑問が出ました。
髪の毛に関する意識の持ち方は、日本は独特なのではないか、と。
昔から女性は長く、艶のある黒髪が美しいとされており、今も「清楚」ということで黒の長髪は女性の象徴ともされています。
過去に比べるとやはり、髪の色に自由は与えられていますが、自分の体の一部だと言うのにやたら制限が加わります。
例えば、皆様が中学生や高校生の時。風紀という形で制限が加わりました。
髪の色、クセ、長さに一定の基準を設け、ラインを超えた生徒には指導がありました。
髪の毛を染めない
前髪は眉迄(もしくは眉上、目にかからない)
天然が強い場合縮毛
髪の毛を束ねる際は耳より下
というものが主だったと思われます。
そして、最大の矛盾。
「髪の毛は染めてはならないのに、黒染めや縮毛は許される」
ということです。皆様の周りにもいませんでしたか?
地毛が茶色だからと染めることを強要されたり、
天然のパーマが強いからと縮毛を強制される。
私が学生時代の頃、学科の関係で海外から日本の学校に来た人もそれなりに居た為、金髪の人や、強いパーマの人、茶髪の人は沢山いました。
実は、これも初めは教師達は徹底して風紀にかけたのです。
いくら海外の人でも、ここは日本だから。
その理由でです。
しかし海外から来た生徒達は抗議しました。
「元々生まれ持ったものに手を加えることを無理強いする学校はおかしい!」と。
暫くした後、その制限は解除されました。髪の色やクセ以外の制限はそのままでしたので、束ねる際の基準や前髪は変わりませんでしたが。
一部の人は、強く髪の毛の制限をかける学校のことを「軍隊」と呼んでいました。
恐らく、同じ髪色、髪型に統一することで協調性を持たせたり同一性を強めたりする目的だったのでしょう。
しかし、正直髪の毛を統一したところで意味はありません。寧ろ、少しでも統一を乱した者を一斉に他者が叩くという内部分裂費繋がりかねません。
海外の学校に行けば、それは顕著に現れます。
皆がそれぞれの髪の毛、服装、鞄を持っているため、同一性は見ただけでは感じられません。
しかし、自由である分、生徒達は余裕を持って授業に取り組んでいました。
日本では勉学以外に髪の毛や風紀を気にしなければならないという余計な不安感を煽っている為、閉鎖的な空間になりがちな一方で、海外の学校では「これからの社会で生きる方法を学ぶ」という目的があるため、余計な制限はかけないのです。
教師達は語ります。
「授業の用意もままならないのに、風紀に関する会議が長すぎる」と。
この場合の「長すぎる」は、
「時間的に長い」ということになりますが、何故教師達はそう思うのでしょう。
そもそも「風紀」というランクが落ちているからです。内容のある話であればいつの間にか時がたっているものですが、そうでないものは1分でも長く感じます。
風紀に割く時間があるのなら、より良い授業が出来るように用意をしたい訳です。
そこまで髪の毛に制限をかけるのは何故でしょうか。
自分の生まれ持った髪を、何故他者に決められなければならないのでしょうか。