少し前まで、猛烈に忙しかった理由・・・
それは、「全国英語スピーチコンテスト」(文部科学省後援)の地区ブロック大会が、先週の土曜日(25日)にあったのですが、それの実行スタッフとして関わっておりまして…当日に使用するパワーポイントの作成など、もう…かなり大変だったのです。
出場者情報をパワーポイントに入力して…と言う事でしたが、英語と日本語の原稿も全てを表示すると言う事で、原稿の差し替え…とか、本人のプロフィールや写真…(審査員のプロフィール&写真なども) が、中々揃わなかったりもして、前日まで(いや、むしろ当日の始まる前まで) ずっと忙しかったです。
ま~とにかく、無事に終わりました。(*^▽^*)
当日のパワーポイントの操作や、審査の集計をエクセルでまとめたり…などは、夫に手伝って貰いました。(予め、夫を無理やりスタッフに加えてしまっていました。笑)
審査員の先生達と一緒に、別室に行って集計作業をしたのですが、夫はエクセル作業が早い上に、日本語が殆ど話せない審査員が一人いたので、英語の出来る夫がいて良かったです。
ちなみに、前にも「唯一の男の親友」の記事 の時に、ちょこっと話題にした事がありますが、この大会…12回目に当たりますが、2000年の9月に、私も出場した経験があります。(ん?私を知らないで読まれてる方に、年がばれそうですが。笑)
今は、「懐かしく」思えますが、当時は大学の入学試験と時期が被っていた事もあり、(推薦だったので、確か同じ9月に試験がありました) スピーチコンテストの為の練習は…本当に、涙の時期でした。
※ 「英語教師」の資格もあり、大学時代にスピーチコンテストに出たりもして、「スピーチ」の訓練を受けていた母が指導をしてくれたのですが…、(彼女は放送部だった事もあり、話し方にもカナリ細かかったんですよ…) 母の特訓は、本当に「鬼」のようでしたね。。
(お陰様で、北海道代表として、全国大会にも行かせて貰いましたので、今は感謝してもいますがね…。
)
正直な所、自分で望んで出場した訳では無かったので、毎日のように、「もう辞める」と言っていたのを覚えています。 そして、一時期は「ノイローゼ」気味にもなり、当時付き合っていた「彼」とも別れたりしています。(そっちも、それまでに色々な「ドラマ」があった訳ですが。
)
ま、今では、「良い思い出」ですがね。
とにかく、私にとって、懐かしい「空気感」でもありました。
ちなみに、当日のタイムキーパーもしていたのですが、(4分をオーバーすると減点と言う事で) その「時間」との戦い…も、何だか全てが懐かしかったです。
大会終了後のリクリエーション(食事しながらのフリータイムというか)の時間には、私は審査員の先生方からお預かりした「一人一人への総評」を、出場者の学生たちにお伝えする機会もありました。
まだ、「来年」の可能性がある方は、頑張って頂きたいですね。
さて、全国大会のスタッフの方にも呼ばれそうな気配がすでにありますが… とりあえず、しばしこれに関しては、お休みしたいと思います。
Sarah
それは、「全国英語スピーチコンテスト」(文部科学省後援)の地区ブロック大会が、先週の土曜日(25日)にあったのですが、それの実行スタッフとして関わっておりまして…当日に使用するパワーポイントの作成など、もう…かなり大変だったのです。

出場者情報をパワーポイントに入力して…と言う事でしたが、英語と日本語の原稿も全てを表示すると言う事で、原稿の差し替え…とか、本人のプロフィールや写真…(審査員のプロフィール&写真なども) が、中々揃わなかったりもして、前日まで(いや、むしろ当日の始まる前まで) ずっと忙しかったです。
ま~とにかく、無事に終わりました。(*^▽^*)

当日のパワーポイントの操作や、審査の集計をエクセルでまとめたり…などは、夫に手伝って貰いました。(予め、夫を無理やりスタッフに加えてしまっていました。笑)
審査員の先生達と一緒に、別室に行って集計作業をしたのですが、夫はエクセル作業が早い上に、日本語が殆ど話せない審査員が一人いたので、英語の出来る夫がいて良かったです。
ちなみに、前にも「唯一の男の親友」の記事 の時に、ちょこっと話題にした事がありますが、この大会…12回目に当たりますが、2000年の9月に、私も出場した経験があります。(ん?私を知らないで読まれてる方に、年がばれそうですが。笑)
今は、「懐かしく」思えますが、当時は大学の入学試験と時期が被っていた事もあり、(推薦だったので、確か同じ9月に試験がありました) スピーチコンテストの為の練習は…本当に、涙の時期でした。
※ 「英語教師」の資格もあり、大学時代にスピーチコンテストに出たりもして、「スピーチ」の訓練を受けていた母が指導をしてくれたのですが…、(彼女は放送部だった事もあり、話し方にもカナリ細かかったんですよ…) 母の特訓は、本当に「鬼」のようでしたね。。
(お陰様で、北海道代表として、全国大会にも行かせて貰いましたので、今は感謝してもいますがね…。
)正直な所、自分で望んで出場した訳では無かったので、毎日のように、「もう辞める」と言っていたのを覚えています。 そして、一時期は「ノイローゼ」気味にもなり、当時付き合っていた「彼」とも別れたりしています。(そっちも、それまでに色々な「ドラマ」があった訳ですが。
)ま、今では、「良い思い出」ですがね。

とにかく、私にとって、懐かしい「空気感」でもありました。
ちなみに、当日のタイムキーパーもしていたのですが、(4分をオーバーすると減点と言う事で) その「時間」との戦い…も、何だか全てが懐かしかったです。
大会終了後のリクリエーション(食事しながらのフリータイムというか)の時間には、私は審査員の先生方からお預かりした「一人一人への総評」を、出場者の学生たちにお伝えする機会もありました。
まだ、「来年」の可能性がある方は、頑張って頂きたいですね。

さて、全国大会のスタッフの方にも呼ばれそうな気配がすでにありますが… とりあえず、しばしこれに関しては、お休みしたいと思います。

Sarah
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)また新たな事も色々学べて良かったです。

) なんと言うか、「無表情」というか。(姪っ子は、笑う時はよく笑いますがね。) 何となく、子どもの「うつ」の状態も、こんな感じなのかな…と、思ったりしました。
)
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