「H先生、後で組手をしていただけませんか」
掃除中、そうお願いしたら先生は少しびっくりされていた。
私の声は何だか間抜けに震えていた。
「大丈夫かな、試合前に無理をしたら」
「試合前だからこそ、お願いします」
先生が心配されるのも道理、
相対稽古で手の親指を今度は軽く突き指したばっかり。
(私の練習グローブはかなりデカい。
水道橋の東海堂さん(お勧め☆)で、わざわざ探した物。
男性たちの手とぶつかると、薄手では痛いからだが、
デカいグローブの欠点は、親指がしっかり握れない事。
それでもきちんと指を締めていればいいが、
ユルかったので、相手の肘受けに右フックの親指が弾かれた)
もう、我ながら自分に腹が立った。
足の次は手かぃ!
軽くスパーをした時も、他の人は皆それぞれ、
技を褒められているのに、
「佐良さんは、気を付けて下さいね」
だもん。情けない。
心優しい、今一番伸び盛りの後輩T君が、
「大丈夫ですか」と言ってくれる。お恥ずかしいです。
あらら、親指の爪先が青くなってる。
…でも、足ほど重傷じゃない。
良かった。
動けるよ。 これだって出来る。
で、掃除中に先生へお願いしたわけです。
せっかく防具を外されたのに、大変申し訳ないですが…、
他の先輩方も試合に出られるというのに、
こんな弱者じゃ、練習相手をお願いするのも悪い。
となると、先生しかいないのです。
幸い、H先生は快くOKして下さった。
「『バランス』 だね」
「バランス?」
防具を着けながら先生はおっしゃる。
「佐良さんは、動いている内に後ろへこう(のけぞるような)
体重がかかって、体勢が崩れている。
だからそこから変な蹴りを出したり、
反射だけで動くからケガをする。
バランスを今日は修正してみよう」
「(それだ!)」
別の先生にも言われた、
基本の蹴りの時から、反りそうな体を腕で無理に支えているって。
組手と言っても、あくまでゆっくりライトに。
強打されないとわかっていても、
入るのは大変だ。
勢いだけで突っ込んでいたら、うまくなれない。
「あと半歩入って」
入る、そこでロー。もちろんこちらも軽くだ。
「狙いは正確に」
ミドル。でも足先だな。遠い。
「勿体ない、顔が空いているのに」
ワンツー、何でだろ、微妙に外れる。
「佐良さんは外へ打ってしまう癖がある。
インコースで!」
「押忍」
さらに脇を締めてコンパクトに、アゴを軽く狙う。
「そう! それ」
つい真っすぐ闘牛みたいに入る癖があるから、
とにかく動き続けろ、って最近、心がけている。
でも、しんどいですね。
ほら、あと一歩入ってそこで蹴り。
って頭で思っても、体がパッと反応できないものだな。
「うっ」
蹴ったら先生が軽く捌かれた、治りかけの指がチップ。
痛い…。
「『打たれる覚悟』はやっぱり、必要なんですよ」
一方的に強打され、
死に物狂いで動けば変なケガばかりで、
組手稽古が心身共に辛くなっていたこの頃。
そんな時に師範の文章がアップされ、
ある先生がそれを引き合いに諭して下さった。
(強い人はいいですけど、
私は本当に打たれっぱなしで、もうどうしたら…)
泣きたい思いだった、その時は。
でも、先生と師範のおっしゃる通りじゃないか?
そんな時、夢で大きな大きな虹を見た。
二つも出ていた。凄く綺麗でリアルだった。
縁起のいい夢かどうかは知らないけれど、
次第に、(うまくケガを治しつつ動き始めよう)と思うように。
そこへ、降って湧いたかのように試合の話が出た。
遠い道場に、壮年女性がいるから、と。
滅多にない機会だ。
足の突き指がまた、痛み出す。
でも、これ位なら動けるだろう。
今までなら過剰に委縮していたのに、今は冷静だ。
「体が今反っている、体重を前に」
師範の試合映像をイメージする。
少し前屈みでカッコいい構えなんです。
そのイメージと多分程遠いだろうけど、
体重を前に前に、で蹴ってみる。
「それでいい」
数回、H先生は相手をして下さった。
こんなに充実した贅沢な組手練習はなかった。
お疲れでしょうに、本当にありがとうございます!!!
欠点をズバリと指摘し、その場で修正して下さるなんて、
容易な事ではない。凄い事です。
先輩方もありがたい。
褒めるところもない私に、
少しでも自信をつけて下さろうと、
色々、褒めて下さったり、慰めて下さったり…。
労りが嬉しくて、今書いていても何だか目が熱くなっている。
頑張らなきゃ!
下手でも負けても仕方ないけど、正々堂々出したいな。
せめて皆さんの足を引っ張らない程度になれたら、なぁ。
この日は、他道場のY先輩が久々に出稽古に来て下さった。
凄く間合い操作が上手だし、
体幹が崩れず柔軟に蹴りが出て、見ていて気持ち良い動き。
そして温和でニコニコ、
来られると活気が出て、稽古が楽しくなります。
職場で出されているという、お手製のお料理写真、
これまたお上手で、見るとお腹が空いて仕方がないです。
と、H先生がお電話中。
お仕事先かな? 遅い時間なのに大変だわ。
ん? 出席者の名前を挙げられている。
じゃあ師範代かしら。
それにしては、先生の声が少し硬い。
他の先輩方も私服に着替えられたまま、様子を見ている。
妙に緊迫感がある。
「…皆、早く黒帯になれるよう頑張って欲しいと師範が」
電話を終えられて、H先生が言われる。
「!!!師範ですか! 凄くないですか?」
能天気に喜ぶのはアホな佐良だけで、
先輩方は緊張感を浮かべられていました。