こんにちは。
先日ギャラクシー・クエストという映画を観て、トカゲヘッドもといアラン・リックマンに衝撃を受けて爆笑したので、今日は縹がアラン・リックマンの出てる映画で一番好きな作品「いつか晴れた日に」の感想を書きたいと思います。



1995年公開のアメリカ・イギリス合作映画で、ジェーン・オースティンの小説「分別と多感」を映画化したものです。
貴族のダッシュウッドは、いまわの際に先妻との間の息子ジョンを呼び、現妻と、その3人の娘エリノア、マリアンヌ、マーガレット達の今後の生活の面倒をみることを約束させて亡くなる。
だがジョンの妻ファニーはこれを快く思わず、夫を上手く動かし最小限の援助内容を決めると、早々に四人の住んでいる屋敷へと押し掛け追い出そうと画策する。
新しい住まいを探そうにも、年500ポンドの援助からではそれも難しく頭を悩ませていたところ、屋敷に、ファニーの弟エドワードがやってくることなり———…





イギリスの映画に出てくる田舎の風景はとても綺麗ですね。草原や丘がずーっと続いてて本当に美しい。
屋敷を追い出された四人が移ることになるコテージのある場所が、凄く良い景色です。
この物語はまず原作自体がとても古いのですが、簡単に言うとイギリス貴族の生活と恋愛の様々を描いた作品です。
英国紳士や貴婦人などとよく言いますが、昔の英国の貴族社会が、富・地位・権力、そして見栄で成り立っていたのだというのがとてもよくわかる(笑)
ひたすら外で気品、風格を装いながらも、内側を見れば非常にドロドロしたものがあるというのが面白いです。



映画の「いつか晴れた日に」という邦題ですが、本当に名題だと思います。まさに日本らしいという変換。原作の「分別と多感」も良いですけどね。
物語としては原作の題名のほうが分かりやすいと思います。
登場人物の中で、長女のエリノアが分別を持ち、次女のマリアンヌが多感な面を備えた性格をしています。


理性的で自分の考えを隠す性格のエリノアを演じたのはエマ・トンプソンですが、多くを語らない彼女の感情の変化を間と視線で表現するのが素晴らしい。
恋愛に関しても同じ面を持つエリノアは、自分の感情だけで我を失って突っ走るという事をせず、先に理性が働いてしまうタイプです。
彼女が、分別を持ち合わせている為に自分の気持ちを閉じ込めようとしていく場面は、自分自身を殺そうとしているようでなんとも心が痛くなりました。
縹もあまり自分の事を人に話すのが得意じゃなく、エリノアのような状況になったら間違いなく同じように押し黙る事になりそうなので結構感情移入したような気がしますが、この映画では本当にルーシー嬢を呪いました(笑)
個人的にはエドワードにも釈然としないものを持ちましたが、あんまり言うとネタバレになるので、是非実際に観て二人に苛々していただきたいです。


その苛々をクリア出来たら、ラストあたりでエリノアが感情を露にする所は本当に心を打つものがあると思います。
良いシーンなので必見です。
とにかく言いたいのは、エマ・トンプソンの演技と彼女の笑顔が素晴らしいということ。
縹はエマ・トンプソンの笑ったときの顔が凄く好きです。





そしてもうひとつ、縹がこの映画を好きになった理由は、作品の中に出てくるブランドン大佐という人物がとても自分の琴線に触れたからです。
作品を好きになったと同時に、大佐を演じたアラン・リックマンに惚れました(笑)

出来た人物でありながらもずっと独り身で過ごしていた大佐が、友人のミドルトン卿に招かれてエリノア達のもとへ会いにやってくるのですが、そこでピアノを弾きながら歌う次女マリアンヌを一目見て心を奪われてしまいます。
この時の、まるでこの世の幸福をみた、とでもいうような顔でマリアンヌを見つめる大佐もといアランの表情が本当に素晴らしすぎて縹の方がときめきました。(笑)
あの場面は本当に名シーン。
大好きなシーンです。


そして彼はその後もマリアンヌに好意を持ちながらも、彼女に対して無理強いはせず、彼女やその家族に良くしてくれたりと、もうまさに"見守る愛"という感じです。
この大佐の行動にはある理由があるのですが、その理由をふまえても、彼の想いは切なすぎると思いました。
彼もどちらかといえばエリノアと同じ分別を持つ人物であり、想いのままに動けない歯痒さが観ていて伝わってくるのですが、彼にはさらに"経験"が加わっていることから、エリノアよりも閉じ込める事を選びやすいように感じました。

そんな人物なので最後まで「マリアンヌの馬鹿!気づけよ!」という思いで観てしまい、完全に大佐の応援をしてしまいました…(笑)



いやしかし本当にこのアラン・リックマンは素敵。
大佐の辛そうな表情や何かを抑え込もうとしてる葛藤、寄り添うような仕種など、全てが伝わってきました。
この人、高圧的な権力者の役とかやらせたらピカ一だと思うんですが、こういう紳士な役をやっても美声と相まって本当に素敵な英国紳士になります。
なによりジャケットに乗馬ブーツが似合いすぎです。ずるい(笑)





登場人物の様々な感情を楽しめて、仕上がりに品を感じるとても味わい深い作品です。
縹はこの映画の雰囲気がとても好きです。
エマ・トンプソンとアラン・リックマンが好きすぎるので書ききれてませんが、他にもケイト・ウィンスレットやヒュー・グラントなんかも出てます。
イギリスの児童文学の実写映画が好きな人が観ると、「毎回みかけるぞ?」って思うくらい、見たことある人達ばっかり出てきます(笑)
それを探してみるのも面白いかもしれません。
気になった方は是非観てみてください。





こないだトランスフォーマー4を観てきたばかりでまたTF熱が再燃してますが、今はとにかくトカゲヘッドが一番です(笑)
ネバーギブアップ!
ネバーサレンダー!!(°▽°)


次に書くのはおそらくエクスペンダブルズ3が公開する頃じゃないかと思います。
遅筆に定評のある縹です。

それではまた。





こんにちはー寒いです。
今年もあと一ヶ月ちょっとしかないんですね…吃驚です。
自分の年間更新率にも吃驚です。



さてさて今回は「ドリーム・ホーム」というドロドロのスプラッター映画を観ました。
2010年公開、パン・ホーチョン監督・脚本の香港映画です。



2007年、香港では不動産の高騰が止まらず、殊にオーシャンビューのマンションなどは、国民の平均月収からではとても手が出せない程の高額物件になっていた。
主人公チェン(ジェシー・ホー)は、いつか海の見える高級マンション"ビクトリアNO.1"に住むことを夢見て働きながら購入資金を貯めていた。しかし物件は中々値下がりする事はなく、普通の銀行員のチェンの収入では住宅ローンも融資に首を縦に振らない。
そんな中、ある出来事によりマンション購入の目処が立ったチェンはすぐに管理会社に連絡し契約に向かうが、今度は売り主の都合で一方的にキャンセルされてしまう。

それでも幼い頃からの夢を諦めきれないチェンだったが、同じ頃、ビクトリアNO.1ではマンションの管理人が何者かによって惨殺される事件が起こる──






「これは事実に基づいた物語です」


「悪魔のいけにえ」や、その他多くの映画等で使われてきたこの一文ですが、そんな懐かしさを覚えるテロップでドリーム・ホームは始まります。
監督のパン・ホーチョンが「昔自分が観た映画にもこの言葉で始まる作品があり、冒頭でこう書かれると、作品が余計怖く感じたもの」と言っていて、要するに物語はフィクションなのですが、このドリーム・ホームは「いやでもこれって本当にあっても不思議じゃないよな…」とも思うようなストーリーでした。
実際監督が不動産高騰のニュースを観た時にこの話を思い付いたらしいのですが、その、本当にあるかないかの絶妙な所を突いていて中々面白くて怖い話です。




この映画を観ている時、ふと「八仙飯店之人肉饅頭」という映画を思い出しました。giselleはちゃんと観たことないのですが、昔兄がこの映画を観て気に入ってたので(笑)話は知っているという感じで、ドリーム・ホームのえろグロぐっちゃーなシーンと、"これは事実を~"を観て「あ、なんかあれに近い雰囲気を感じるな~」なんて思いました。あれはだいぶノンフィクションというか、本当に人をスープにしてたんですよね…エグい;;
昨今、映画の残虐なシーンや性的描写なんかの規制が厳しいイメージなので、久しぶりに思いっきりやった映画を観たかなぁって感じです。



そして今回主人公を演じたジェシー・ホーですが、この人の顔が個人的に結構好きです。目力が凄くて美人なようなそうじゃないような、とにかく独特な顔の女優さんですが、良い顔だなぁと思いました。
この人が昔の香港とか台湾の女優さんみたいな雰囲気だから好きなのかも。幽幻に出てたリー・ジャを思い出しました。中国系の意志の強そうな目をした女優さんって結構好きです。
彼女は大富豪の娘で、とんでもないお金持ちなのだそうですよ。(笑)



物語としては…なんだか人が狂気に走るまでの哀しみを感じる作品でした。人に歴史あり、といった感じで。
現在と、過去の回想のシーンとのスイッチが頻繁に行われるのですが、正直これがバラバラに飛びすぎて少し面倒くさい。苦笑「パルプフィクション」のがまだ観やすかったです(笑)
ただこの過去のシーン自体はとても良くて、香港の景色が変わっていくのと、現在の、チェンという一人の人間の人格が作られるまでの過程が同時進行になっていて、それでいて凄く悲しいです。
理由や目的があって夢を持っていたはずなのに、いつしかそれ自体が目的になってしまったという感じの、人間によくある本末転倒な物語です。

少しネタバレになりますが、チェンが母親の葬式で行う弔いがとても切なくなります。そんな感じで回想のシーンには人間的な場面が多くて、それを観る側が知るからこそ、映画の中で行われる凶行が意味を持ってくる作品だと思いました。





後はパンクなにいちゃんがいきなり日本語喋ったり、チェンが仕事人ばりに結束バンド使ったりするので驚くっていうよりツッコみたくなりますが、割と面白い映画なのではないでしょうか。
指チョッキンからのウィッシュポーズは笑いますよ。(笑)

云わずもがな「あ、痛い痛い痛い痛い痛い…!」ってなるようなシーンばっかなのでそういうの苦手な人と、妊婦さんには絶対オススメしない映画です。
あ、あと男の人もヒュッ!ってなるだろうし…結果誰にもオススメしない映画です。(爆)


物好きさんは観てみてくださーい(・∀・)



さてあと一ヶ月…
もう一回くらい更新出来るのか…
「キャプテン・フィリップス」と「かぐや姫の物語」が気になってるので観れたら頑張ります!


それではまたパー



saps0rrowさんのブログ-IMG00510-1.jpg



そうだ、ジェイソンに会いに行こう!
おひさしぶりですgiselleです。
もう9月ですね…また歳をとります私…(震



さて今日の感想映画は、前回言っていた『少年は残酷な弓を射る』という作品です。
ライオネル・シュライヴァーという人の書籍の映画化で、2011年公開の作品なので比較的新しいものです。


まずこの映画を観ようと思った理由が、人生初の映画の「ジャケ借り」でした。
真っ赤なパッケージに、(゜д゜)ハッ!…っとなるようなイケメンが写ってるジャケットが印象的で、内容を確かめずに借りました。
これだけ聞くと凄い不純な動機みたいですが(笑)、とにかく本当にこの映画が気になってしょうがない、みたいな不思議な感じだったんです。
結果的に大正解でした。





冒険家のエヴァは、フランクリンとの情熱的な恋愛の末、妊娠して男の子を身籠る。
二人はこれを喜んで結婚し、産まれた子供はケヴィンと名付けられた。
これからは幸せで楽しい、親子3人の新しい生活が始まる…と思っていたエヴァだが、産まれたケヴィンは何故か、彼女の愛情だけを受け付けない奇妙な子供だった……




この映画を観て、『パンズラビリンス』以来の物凄い衝撃を受けました。
BGMも控えめで割と淡々とした雰囲気の映画なんですが、静かな刺激、というか…最後まで途切れる事なく映画に引き込まれるんです。
観始めるとティルダ・スウィントンの演じるエヴァの表情だけで、台詞が無いシーンでも次の展開が気になってつい注目してしまいます。
劇中での不安や怯えが目だけで伝わってきて、こちらまで切羽つまった雰囲気を感じました。



そして何よりも この映画で主役並の存在感を持つ、少年ケヴィンという人物の異質性です。
彼を映画の中での「キャラクター」として見た時、これ程魅力的な人物像は無いと思いました。
善悪や倫理観の問題で考えると明らかに「肯定してはいけないもの」なのですが、とにかくgiselleは目が離せませんでした。

これがまた、とあるシーンでのケヴィンの「あんただって俺が優等生だったらチャンネル替えてるだろ?」という言葉に、まさに見事に自分が嵌まっていることに気づいて、…ハッ!としてしまいました。
こういうことか…!ってしてやられた感が半端無かったです。




ケヴィンは前述のとおり母親の愛情だけを拒否する子供で、父親のフランクリンに対しては非常に子供らしい可愛い態度を見せるのですが、エヴァにだけは異常に敵意を剥き出しにするのです。
映画ではこれに対しての明確な答えはありませんでしたが、自分の何が悪いのかわからない、またされたエヴァ本人にしか解らないであろう不可解な怖さが、観ていて精神的にくるものがあります。
かなり不気味です。




またgiselleはケヴィンの行動を見て、もし


「母親の与える愛情を拒否する事で 愛情を感じる子供」


というのが存在したら…と考えました。
普通の子供が 母親から与えられるものを喜んで受け取るのだとしたら、"受け取らない"という方法を持つ子供もいるのかもしれない、と……
giselleにはケヴィンがまさにこれに見え、事あるごとにエヴァを困らせる彼の行動の根底には、普通の子と同じように「母親に自分を見てほしい」という感情を感じました。


エヴァの事を嫌いな訳じゃないんです。
けれど、まず拒否する事を避けられないんです。
この事から起こる二人の「愛情のすれ違い」が、なんとも痛ましいです。
確かにそれがあるのに、すれ違っているように見えました。
こんな悪循環な親子愛が現実にあるとしたら、誰も幸せになれなくて辛すぎるなぁと思いました。




ケヴィンの「拒否できるエヴァの愛情」がある事によって作られた人格が目指す、理想のフィナーレは一体どんな形なのか。
ラスト15分程の展開が「うわぁ…」というか…唖然としてしまいますが、少し切ない終わり方です。
最後、なんだか何ともいえない気持ちになってちょっとうるっときました。
エヴァはやはりケヴィンのお母さんなんだなぁって…




最後に、この映画を観て考えたのが 日本で昔からよく使われる「親の顔が見てみたい」という言葉です。
マナーの悪い子供や、ニュースで流れる少年犯罪での、未成年の犯行の異常性を感じた時などよく耳にするのがこの言葉ですが、 映画のケヴィンを見ると果たしてどこまでが"親の顔"によるのか悩まされるのです。

親の顔が~…は、その通り親の教育がなっていない結果何かが起こった場合に絶大な威力を発揮しますが、もしgiselleがエヴァと同じ立場になってこの台詞を言われたとしたら、じゃあどうすればよかったの…!って叫ぶかもしれません。



「親の愛情を受けて育った」のが良い環境なのだとしたら、「良い環境を拒否して育った子供」の環境は一体どっちになるんでしょう。
自分の産んだ子供に、物心もつかないうちから理由もなく自分の与えるものを拒み続けられたとしたら、正直何をもって子育て失敗なのか解らないと思いませんか…?
そしてそんな子供が「一見普通」に育って、ある日前触れもなく何かの事件を起こしたとしたら…



怖いなぁと思うのは、実際にニュースになる子供たちの中に、このケヴィンのような人格の子がいないとも言い切れない事ですね。
母親が対象でなくても、それ以外に対しての反応が何処か違う…けれど何が原因なのか解らないという子が何かを起こしたケースも、実はあったりするのかもしれません。
その場合も、やはり「保護者」の責任として親が非難の対象になるのでしょうが、親側のやり場の無い気持ちを想像すると、将来子供産むの恐くなりますね…;;笑




まぁでも昨今のマナーの悪い子供については、傍目にも明らかに親の教育が出来てない場合が殆どなので言われても仕方ないかなぁと思います。

giselleの身近にいる「叱らない子育て」が本当に恐ろしいので…(ー_ー;)





そんな感じで長くなってしまいましたが、とにかく「凄い映画観たな…」と思わず嘆息する程、giselleの中では鮮烈な印象の作品でした。
良いもの観たなって感じです。終わってみれば、映画の7割ぐらいの事を邦題が言っちゃってるなって思いましたが(笑)


そして少年期の子役も良かったのですが、やっぱり成長してからのケヴィン役のエズラ・ミラーがもう た ま ら ん 。
皮肉った笑顔がヤバイってかなんかもうやらしい(笑)\(^o^)/
俳優ってより、アーティスティックな顔だなぁと。
この映画の彼は本当に演技も顔も最高だと思います。

けれどこれを観てから彼のウィ○ペディア開くと、マジで映画並に絶望するのでgiselleはもう開きません(笑)





今回極力ネタバレを少な目に感想を書いてみたつもりですが、その位他の人に観てほしいと思った映画です。
是非気になって観てみて下さい(笑)



今giselleは絶賛ベティ・デイヴィス作品フィーバー中です。
『黒蘭の女』を探してリアルに駆けずり回ってます(笑)
そのうちジェラール・フィリップ作品の感想も書きたいけど、今更ながら自分の語彙力の乏しさのせいで全然blogが進みません。
溢れ出る表現力が欲しい…orz




それではまた~