まじかるクラウン 第77話(最終話) 愛よ永遠に まじかるクラウン

正祖24年(1800年)

『王世子様は食事をとられたか?』
『民と同じ食事でなければ 食べないと仰せです!』

尚膳ナム・サチョをはじめ チョン・ヤギョンも
食事を断ち続ける王世子に苦労していた
王世子は 父正祖(チョンジョ)王の質問に対する答えが見つかるまでは
決して食事をしないという決心であった

『恐れながら 王様は何を問われたのですか』
『それはお話出来ません 自分の力で考えたいのです』

王世子は 懸命に考えた答えを持って父王のもとを訪れる

『聖君になるために最も重要な徳目は何だ?』
『それは 民の願いを知ろうとすることです』
『“民の願いを知る”か では民の願いとは何だ?』
『それは… 安らかに暮らすことでは?』
『そのためには何をせねばならぬ?
民が安らかに暮らすために 王がすべきことは何だ?』
『そのためには…懸命に学問を修め…』
『違う』
『ならば 税金を減らし収奪を…』
『それも違う それらも王がすべきことだが最も重要とは言えない
もう一度考えてみよ 焦って答えようとするな
熟考を重ねた上で 確信が持てた時でいいのだ』
『はい 父上』

正祖(チョンジョ)王は 王世子にとっての最も厳しい教育係であった
それは昔 まだ王世孫だった頃
英祖(ヨンジョ)王から教えられたことであった
正祖(チョンジョ)王もまた幼き日
同じ質問の答えを求めて必死になったものだ

「民の願いとは何だ」
「食べ物に困らぬことです」
「そのために 王がすべきことは何だ」
「税金を減らし 法を整えることです」
「違う」
「……」
「何だ?!」
「その… 民を搾取する官吏を監視し 刑を軽く…」
「違う!」
「それでは聖君とは…過度な徴用を減らし生業に専念させ…」
「まるで違う!そんなことも知らずにあんな口を叩いたのか!」

今の正祖(チョンジョ)王より 先王ははるかに厳しかった
厳しかったが 今も鮮明にその教えを覚えている

『あの子ならきっと 答えを見つける筈だ』

王世子が成長した今も
正祖(チョンジョ)王は 民の暮らしを直接視察していた
市場へ行くと 賑わう筈の時間に人通りが無いことに気づく
商人が 支払いは銭か現物かと聞いてくる
それによって売値が違うのだと…またその売価も随分値下がりしていた
サチョの調査によれば 貨幣が流通せず物価が下がるという
“銭荒”が起きているのだという

※銭荒:デフレーション

更にヤギョンが調べを進めると 新しい銅銭を鋳造する余力が無いのだという
銅銭の原料は倭国から輸入しているのだが その価格が高騰していると…!
両班(ヤンバン)と一部商人が金を貯め込み事態を悪化させているのだ

※両班(ヤンバン):貴族的特権階級

『金の価値が上がれば 懐に入れておくだけで資産が増える』
『さようです 加えて高利貸しも横行し民を二重に苦しめています』

正祖(チョンジョ)王は 直ちに解決策を講じるべく
奎章閣(キュジャンガク)に パク・チェガらを召集する…!

『銅銭を鋳造する以外に解決策は無いのか!』
 

この正祖(チョンジョ)王の問いかけに
検書官から 銀の流通量を増やす案が出る
しかし民にとって銀は 高価過ぎて流通しにくい
するとパク・チェガが…

『清国の銅銭を取り寄せてはいかがでしょうか?
清国では新たな通貨が鋳造され 古い銅銭が余っています
それを安く譲り受け民に使わせては?』

2種類の通貨が流通すれば 混乱が生じるというチョン・ヤギョン!
それでもチェガは 混乱もいずれは落ち着くと主張した
新たに鋳造するよりはるかに節約出来ると聞き
正祖(チョンジョ)王は暫し考え込む

『ならばそうしよう! 戸曹(ホジョ)には銅銭を鋳造する余力が無い
清国の銅銭を確保し速やかに市中に流通させよ!』

一方 パク・タルホと酒場の女将夫婦のもとには養子が迎えられていた
女将は今日も 私塾をサボって芸人たちと遊んでいた息子を叱る…!

『今日は許さないからね このバカ!』

叩かれて 大声で泣きだす息子
『ちょっと… やり過ぎじゃないか?』とタルホ

『軽く叩いただけなのに… 部屋に戻って勉強しなさい!』
『はい 母上』

嘘泣きの息子は ケロッとして行ってしまう
子育てなど初めてな女将は 養子をどう扱っていいのか戸惑うばかりだった

『あの子ったら… 本当に頭にくるわ!
養子をとったら あんなバカが来ちゃって! 大事に育てた甲斐が無いわ!』

『まあそう言うな テスも筋金入りのバカだったが
今や壮勇衛(チャンヨンウィ)の大将だ!』
『あの子をテスに預けたらどうかしら きっと刺激を受ける筈よ』

※壮勇衛(チャンヨンウィ):王の親衛部隊

2人が引き取った養子は テスにとって義理の弟になる
勉強を教えながら 自分もまた苦手な勉学に苦労した昔を思う

『昔 私の先生だった人を思い出した』
『誰ですか?』
『ホン・グギョン様だ あの方無くして今の私はない
私も意地になって来たぞ! 最初からだ』

初めからと言われて 途端に表情が曇る養子

『私は勉強には向きません 何度覚えてもすぐに忘れてしまいます』
『大丈夫 お前は出来る 私はお前より酷かった』
『えぇっ?!』
『お前くらいの年の頃には 近所でも有名なバカだった』
『それでなぜ大将になれたんです?』

『私には 生涯仕えたい君主と生涯守るべき女がいた
だから今まで頑張って来られた さあ… 最初からだ!』

パク・テスは 壮勇衛(チャンヨンウィ)の大将として
新たに完成させた訓練書「武芸図譜通志」を献上する

『ただ今より 試技をお見せします!』

この訓練書は
正祖(チョンジョ)王の父思悼(サド)王世子が作った「武芸新譜」に
何点か加筆して作成されたものだという

労いの宴の会場に向かおうとして…
正祖(チョンジョ)王は激しい眩暈を覚える…!
すぐに御医(オイ)を呼ぶというナム・サチョを制し
駆け寄るテスにも大丈夫だという

訓練書の編纂には 図画署(トファソ)の貢献も大きく
宴の席ではイ・チョンが よく働いてくれた茶母(タモ)たちを労っている

※図画署(トファソ):絵画制作を担う国の機関
※茶母(タモ):各官庁に仕える下働き

『イ・チョン様は図画署(トファソ)に復帰しないのですか?』
『まあ… いずれな』

そこへ 別提となったタク・チスが…!

『また現れて別提気取りか? お前はただの私塾の講師だ!
引退したお二人に挨拶しないか!』
『こ…これはお久しぶりです!』

パク・ヨンムンとカン・ドゥチの両名が 宴の席に招待されていた
チスに協力を要請され イ・チョンも編纂に参加したのだが
別提タク・チスは 相変わらずイ・チョンをライバル視している
いつものように言い合う光景は 立場が違っても続いていた

キム尚宮とヤン尚宮は 気の合う尚宮同士であった
亡き宣嬪(ウィビン)の墓前の供え物に 口うるさく指図するヤン尚宮
キム尚宮は それをなだめながら女官らを指導していく

『尚宮様は 水剌間(スラッカン)に向いているかも』
『目配りが利くのよ 前世ではここで働いていたみたい 妙に親しみがわくの
そなたも女官の扱いがさまになっていた! もしや前世で?』
『私も 同じことを感じていました…!』

注) キム尚宮を演ずるキム・ソイと ヤン尚宮を演ずるイ・イプセは
対立する尚宮として ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」で共演している

※水剌間(スラッカン):王の食事を用意する部署

孝昌園で行われる祭祀について
王妃が恵慶宮(ヘギョングン)を訪ね報告する

※孝昌園:
正祖(チョンジョ)王と宣嬪(ウィビン)の息子 そして宣嬪(ウィビン)の墓所

歳を重ねても矍鑠としている恵慶宮(ヘギョングン)は
持病が悪化している息子の体調を心配していた
どんなに言っても聞かず
日々政務に心血を注ぐ正祖(チョンジョ)王なのであった

祭祀に同行したパク・テスは
しばし友として正祖(チョンジョ)王と語り合う

『テス ソンヨンに何を話した?なかなか墓前を離れられないようだったが』
『王様のお体を守ってほしいと頼みました
健康を顧みず政務に没頭されるので 休むように言ってほしいと…』
『そうか 今夜は夢の中でソンヨンに小言を言われそうだ』

ここへ来ると いつも足を延ばし丘の上に登る正祖(チョンジョ)王
丘の上からは都が一望出来た

『どうだ テス こうして見ると壮観ではないか』
『はい 王様』

『私は民にとって いい王でありたい
額に汗して生きていく彼らが 心安らかに楽しい日々を過ごせるよう
出来得る限りの力を尽くしたい』

『その願いは もう叶えられています
こんな太平の世は かつて無かったでしょう』

『満足するのはまだ早い
私にはやりたい事も やるべき事も沢山残っている』

宮殿に戻る途中 興仁門の前での騒動に遭遇する
清銭の使用に対し民が抗議の暴動を起こし 兵士が鎮圧にあたっているのだ…!

ヤギョンが調査したところによれば
偽の清銭が多く出回り肉眼では分からないのだという

『清国の銅銭は紋様が単純で原料も得易いため 偽造が容易です
ゆえに 都に偽金が溢れたのです』

『民の抗議が増えたのもそのためです
清国の銅銭は信用出来ず売買に使えないと…』

商人たちが清国の銅銭を使おうとしないため 銭荒の事態は悪化しているという
市場では店を閉める者も現れたと…!

持病が悪化しているのにもかかわらず 問題は次から次へと舞い込む
ナム・サチョが心配し 休むようにと促すが…

『もう4日もまともにお休みになっていません!』
『偽金が地方にまで広がっている 今夜中に状況を把握せねば…!』
『ですが王様!!!』
『心配するな これしきでは倒れない』

既に発熱していると察したサチョは 尚宮に御医(オイ)を呼べと命じ
偽金作りの犯人について報告に来たヤギョンをも追い返した
とにかく 王を休ませたい一心のサチョであった…!

偽金の問題は 留まるところを知らずに広がっていく
とうとう市場の主要店舗までが閉店してしまった
チョン・ヤギョンは 今からでも銅銭の流通を中断すべきだと進言する
しかし 莫大な資金を投じて清国から取り寄せた銅銭であり
まもなく追加分も清国から届くことになっている
今さら中断すれば 大損害になるというパク・チェガ…!

正祖(チョンジョ)王は 自らの目で民の様子を確かめたいと市場へ出向く
そして直接 民の声を聞こうとするのだった

「私たち庶民は不安なのです
汗水たらして稼いだ金が偽金だったら…
皆 不安で夜も眠れません!」

莫大な資金を投じたから…
というのは朝廷の都合だと正祖(チョンジョ)王は気づく
民の側に立つのであれば その身になって対策を立てねばと
そして 清国の銅銭の流通令を撤回すると…!

『回収するとなると 朝廷は莫大な損失を被る
銭荒の打開も難しくなるだろう
だが私は これが最善の策だと思う
民の生計を脅かしてまで 信用出来ない通貨を使うことは出来ない』

結果的に
自分の発案で 朝廷に大損害を与えてしまったと謝罪するパク・チェガ

『そなたのせいではない
偽造の可能性に考えが及ばなかった朝廷の過ちであり 私の過ちだ
大切なのはこの先だ 知恵を絞って銭荒の打開策を探さねば
みんな覚悟しろ!打開策が見つかるまでは眠れないぞ よいな』

懸命に問題を解決しようとする努力
そして間違いと気づいた時には たとえ損失を被っても引き返す勇気
また 何度でも考え抜く前向きな精神力が無ければ
国と民を導くことは出来ない

チョン・ヤギョンは 銅銭に代わる鉱物を探すと言い出した
銅でなければ硬貨の強度が落ちてしまう と考えられていた時代である
それでもヤギョンは 探してみるというのだった

ヤギョンと共に鋳銭所に詰める正祖(チョンジョ)王は 寝所にも戻らない
病状が悪化していることを按じる御医(オイ)は サチョに向かって激怒する!

『万一の事態も有り得ます!!!
宮殿にお戻りになるよう伝えてください!』

チョン・ヤギョンは
夢中になることがあれば 自らも寝食を忘れる性分であり
正祖(チョンジョ)王の体調の変化まで察することなど 出来なかった

サチョの伝令が到着したその時…!
ヤギョンが席を外した鋳銭所の執務室で
意識を失った正祖(チョンジョ)王が発見された…!!!

『王様… 王様! しっかりしてください!!!』

宮殿に運ばれた正祖(チョンジョ)王を診察した御医(オイ)は
恵慶宮(ヘギョングン)と王妃の前で
このまま意識が戻らないかもしれないと診断する

『体中に腫れ物が出ております!
それが膿んで高熱を発したため 気を失われたのです』

3日以内に意識が戻らなければ 打つ手がないという御医(オイ)
王妃は正祖(チョンジョ)王の枕元で 涙ながらに懇願する

『お分かりですか 3日です 3日以内に目を開けてください…!』

必ず意識を取り戻すと固く信じ
王妃は尚宮たちに 決して涙を流してはならぬと命じた
同じ時 テスは宣嬪(ウィビン)の墓前で祈り続けていた

『もう少しお待ちを! 今はまだダメです!
王様を連れて行かないでください! まだやり残したことがおありです!
どうか宣嬪(ウィビン)様! 王様をお守りください!!!』

王が倒れたという知らせは 大妃(テビ)のもとにも届けられていた
亡き先王の肖像に向かい 静かに語りかける大妃(テビ)

『王様の病をご存知ですか
不思議なことに 目の敵にしていた王様が病に倒れたというのに
少しも嬉しくないのです
あれほどまで消えてほしいと願っていたのに…』

それは…
ナム・サチョと御医(オイ)が 暫し寝所の外に出た時のことだった
真夜中の寝所の扉を開け 正祖(チョンジョ)王に飲ませる薬湯を持って現れたのは
既に亡くなっている筈の宣嬪(ウィビン)… ソン・ソンヨンであった…!

≪王様… 随分やつれましたね
なぜお体を大事にしないのですか
でも大丈夫です 王様は…病などに負けはしません
もう少し… もう少しだけ頑張ってください≫

うっすらと目を開けた正祖(チョンジョ)王には
はっきりとソンヨンの姿が見えた

『ソンヨン…そなたなのか?
そこにいるのは…本当にソンヨンなのか?』

『はい王様 私です 私はここにいます
元気を出してください 王様は強い方です
必ず病に打ち勝てる筈です
まだ志は半ばではありませんか
王様には まだやるべきことが残っているのです』

『ソンヨン…』
『王様…』

正祖(チョンジョ)王は 奇跡的に意識を取り戻した
王妃が駆けつけ涙ながらに生還を喜び
サチョが忙しく動き回っている
宣嬪(ウィビン)に…
ソンヨンに励まされたなどと 誰が信じようか…

(まだ… その時ではないのか
そなたのもとに行くには早過ぎたか ソンヨン…)

御医(オイ)によれば これは快復ではないという
奇跡的に意識を取り戻したものの 深刻な状況には変わり無いのだと
駆けつけたテスに そう告げながら
ナム・サチョは 王様を信じていると言い切った

『意志の強いお方だ 簡単に病魔に負けはしない』

テスは 政務に復帰しようとする王に謁見し
まだ無理をしてはならないと 強い口調で進言する
そんなテスを見て 微かに微笑む正祖(チョンジョ)王

『私の病はもう治らないと聞いたのだな』
『……』
『テスよ だからこそ時間を無駄に出来ない
病が治らないことも 残された時間が少ないことも私は承知している』
『王様…!!!』

『王世子を頼んだぞ
まだ幼少ゆえに 私の死後 王位に就いたら困難も多いだろう
だから頼む この世に残された王世子を…
私にしてくれたように いつでも傍にいて守ってやってくれ』

『はい 王様! 約束いたします!
王世子様を全力でお守りします!!!』

『生涯…私の友でいてくれて… ありがとう テス
そなたのような 一生の友を持った幸せは何にも代え難い』

テスが退室するとナム・サチョが
承政院(スンジョンウォン)からの上奏を持って来た

『王様…』
『心配するな 無理はしないから
ナム尚膳 下がってよい』

 

1800年6月
正祖(チョンジョ)王は 49年の生涯を閉じた

 

パク・テスは 正祖(チョンジョ)王との約束を守り
第23代王に即位した純祖(スンジョ)の側近として見守り続ける

『そなたは 亡き父上の友だったそうだな』
『さようです 王様』
『初めて会ったのは?』
『私が11歳の時でした 先代の王が王世孫様だった頃
ここ時敏堂で お会いしました』
『今の私と 同じ年頃だな』
『さようです』
『父上もよく話しておられた そなたは親友であり心の支えだったと』

まだあどけなさの残る幼い王は 小さくため息をつく

『私は怖いのだ 王でありながらまだ何も知らない
父上の善政を引き継げるだろうか』

『王様 どうかご心配なく! 王様の傍には私がおります
命を懸けて王様をお守りしますので 何も恐れることはありません!
王として信念を持って 正しい政治を行ってください』

幼い王を励ますと テスは亡き正祖(チョンジョ)王の墓前に向かう

『王様 いかがお過ごしですか
宣嬪(ウィビン)様とは再会されましたか?』

あの日語り合った 正祖(チョンジョ)王との会話が思い出される

「どうだ テス こうして見ると壮観ではないか」
「はい 王様」

「私は民にとって いい王でありたい
額に汗して生きていく彼らが 心安らかに楽しい日々を過ごせるよう
出来得る限りの力を尽くしたい
彼らの流した汗に報いるような国にしたい
収奪も搾取も無い世にして 飢えや差別や抑圧から解放したい
私の持てる力を尽くし 民が生きる喜びを実感出来る
そんな世の中を作りたいのだ…!」

(ご存知ですか 王様
私はあの瞬間を今も鮮明に覚えています
壮大な希望を語る王様のまなざしは 陽の光の中でも眩しいばかりでした
この国でいちばん美しい夢が輝いていました
その夢を叶えるのは私たちです 王様が愛した民たちが受け継ぎました
決して終わってはいません 止まってもいません
王様の夢は 世の中を動かし続けます
いつかこの国の民は その夢を形にしてくれるでしょう)

- 完 -

 

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