今週は隔週の抗がん剤(GnP療法)の投与日がありました。
主治医が休暇のため、代理の消化器内科医に診察していただきましたが、体調の変化もなく好中球もクリアし無事に投与できました。
代理の先生への報告は特に無かったため、数秒で問診終わりでもよかったのですが、せっかく別の医師とお話ができる機会でもありました。
そこで、ある程度の余命を確信しておきたい自分としては、代理医師の感触を聞いてみたくなり、
「この病気では“この状態なら年単位で生きられるという目安や基準”のような考え方はあったりしますか?」
と聞いてしまいました。
今考えると、主治医が不在の時に聞くのは失礼だったかもしれませんし、代理の先生も答えづらい質問だったと思います。
それでも、延命治療を続ける中で一番聞きたい本音を口走ってしまいました。
(ちなみに先日、主治医に同じ質問をしたときは「まずは半年頑張りましょう」と言われています)
その代理の先生からは、
「もちろん1年以上生きられている患者さんもいます。ただこの病気はどれくらい生きられるかの保証ができず、明確な基準もありません」
という趣旨の回答をもらいました。
ほんの少しでも楽観的な言葉が欲しかった自分としては、想定の範囲内だったので若干気落ちしました。
ただ捉え直せば、「(ある程度)長生きできるかどうかは患者次第」と言われたようにも感じられ、それならば、引き続き頑張るか!と半ば強引に気持ちを前向きにしています。
今回の腫瘍マーカーの値は、
CEA…2.6(前回2.3)
CA19-9…25.0(前回20.3)
と両方とも少し上がりこれも気が滅入る材料になりました。
少し前に「マーカーの値に一喜一憂すべきでは無い」と頭の中で格好良く決めたつもりでいましたが、心の反応は正直です。基準内で少々上がっただけなのに狼狽しました。我ながら情け無い…
さらに、GnP療法の無増悪生存期間(中央値)が6か月程度との情報を目にしていたので、ちょうど時期的に差し掛かったところというのも不安に拍車をかけます。
この調子で、気持ちが不安な方向に行こうと思えばいくらでも進めそうです。
でも、それでは何かに負けた気がしますし(自分にも)、何より不安な気持ち自体ががんの進行を早めてしまう気がします。
なので情報として存在する「様々なケースを含めた平均値」や「統計上の中央値」などの情報は「自分に直接当てはまるものではない」と決め打ちしてしまってもいいのではないかと自身に言い聞かせています。
患者の細かい病状やケースごとに治療法や余命が確立している状況ならまだしも、すい臓がんは未知数が多すぎると感じます。
医師もエビデンスがないことには答えられませんし、ネットで目にする療法も玉石混交で自分が生き延びるために何を選択するのが正解なのか分かりません。
最終的には患者本人が「これ」と決断したらそれを「信じ続ける」ことが一番大事という気がします。
そして実は、それを信じる信念自体が延命に繋がるのかもしれない、とも感じています。
だからではないですが「患者本人の決定がどんなものでも互いに尊重する」という空気が、ネットやブログ上に何となくあると感じるのは私だけでしょうか。当事者同士、心からエールを送りたいです。
がん患者はみな、人生で最大の文字通り命をかけた大勝負をしています。
幼少期に学校で「一つでいいので誰にも負けないと自信を持って言えるものを持ちなさい」と教えられた覚えがありますが、私は結局、何も見つけられず劣等感を抱いた記憶があります。
ですが今は「生きたいと思う気持ち」ならば少なくとも罹患以前の自分には絶対に負けない自信を感じています。がんになってから自信を持てた一つです。
とはいえ、身体と同じく心も疲れます。頑張り続けることに疲れないよう気持ちのアクセルワークは意識していきたいと思う今日この頃です。
