② イギリスロマン派とゴシックロマンのビートルズ、ロック文化への影響

 

 イギリスロマン派を代表する詩人といえば、ワーズワース、シェリー、キーツの3人ですが、これらの詩人たちの詩作品に共通する特徴は、自然の精霊との交感の感覚と自然の美しさの賛美という、非常にケルト的なものです。この3人の詩人の代表作として、ワーズワースは荒野を彷徨っていた時に出会った一面に咲き誇る水仙の花の美しさを讃えた詩、シェリーは青空を自由に翔び美しい声で鳴き交わすスカイラーク(雲雀)に呼びかける詩、キーツは夜の闇の中で一晩中声が涸れるまで歌い続けるナイチンゲール(夜鳴き鶯)の中に詩人としての自分の想いを託した詩、があります。

 詩人たちの詩作品の中には、それぞれの文化の特徴が最も明確に現れるもので、ラテン文化圏の詩人たちはダンテのように天国と地獄、天使と悪魔の物語を語り、ペトラルカやフランスのトルバドール派の詩人たちのように恋愛詩を作ります。ドイツなどのゲルマン文化の詩人たちは神話や伝説、騎士と乙女の物語を綴ります。イギリスロマン派の詩人たちのように自然そのものの美しさを讃える詩を書くのはヨーロッパの中では珍しいことで、そこには間違いなく多神教的、アミニズム的なケルトの影響があると言えるのです。

 

 そしてイギリスロマン派の詩人たちが持っていたこの特徴は、アイルランドからの移民の家庭で生まれ育ち、ケルトの血を引いているポール・マッカートニーがビートルズ時代に作った「Black Bird」や「Fool on the Hill」などの曲の歌詞の内容に見ることができます。

 「Black Bird」は、キーツがナイチンゲールのことを歌った詩と同じ夜の闇の中で鳴き続ける小鳥の姿を歌ったものであり、「Fool on the HIll」はワーズワーズのように自然の美しさを求め、世界の有り様を見つ目続けるために荒野を彷徨う詩人たちの姿を彷彿とさせます。

 ジョン・レノンにも「Strawberry Fields Forever」といういちご畑を夢の世界として描いた曲がありますが、これはポールの影響があったものと考えられます。ジョンの感性は「Norwaigen Wood」を作ったことや、ソロになってから作った「Mother」や「God」などのように内省的で劇的な曲が多いことなど、どちらかといえば北方ゲルマン的なものです。つまりビートルズというバンドはイギリス文化の中にあるケルト的要素と北方ゲルマン的要素の両方を兼ね備えたバンドで、それはシェイクスピアにも通じるものです。そこにさらにジョージがインドなどの東洋的な要素を持ち込む、という雑食性と多様性がビートルズというバンドが今でも色褪せず影響力を持ち続けている源泉だと思います。

 

 ロックという音楽がアメリカの黒人たちのブルースやチャック・ベリーが生み出したシンプルなロックンロールのスタイルに影響を受けて生まれたことはよく知られたことです。そしてイギリスの大西洋側に位置した港町であるリバプールにそういうアメリカの黒人音楽のレコードがたくさん入ってきて、それに触発されたビートルズのメンバーたちが楽器を持って音を鳴らし始めた、というのがイギリスのロック文化の始まりです。そういうことが起こったのは、もともと多様性と雑食性のあるイギリスの文化的風土があったことがその前提としてあったと思います。つまりアメリカの黒人たちが始めた音楽とイギリスにあったケルト的要素と北方ゲルマン的要素が出会って、化学反応を起こした結果がイギリスのロック文化だということです。イギリスのロック文化の中にあるケルト的要素は、ビートルズ以降ではケイト・ブッシュやコクトー・ツインズのエリザベス・フレイザー、ヘザー・ノヴァ、クランベリーズなど、イギリスには魔女系や妖精系の女性シンガーが多いことに現れていますし、北方ゲルマンのゴシックロマン的な劇的な要素は、レッドツエッぺリンなどのハードロックやヘヴィメタル音楽、ピンクフロイドなどのプログレッシブロックの中に感じることができます。

 これは、一神教であるキリスト教の宗教的価値観と体系的で伝統的な文化を重んじるラテン文化圏であるイタリアではロック文化が興らず、ゲルマンとラテンのハイブリッドであるフランスでは限定された範囲でしかロック文化が受け入れられず、ゲルマンの中心地であるドイツではロックよりもクラフトワークのようなテクノ系の構築的な音楽が主流であることの理由であると考えます。

 

 世界的に見ても、ロック音楽の文化が本当に根付いている国は、イギリス以外ではアメリカと日本くらいです。この3つの国に共通していることは、もともとこれらの国が文化的多様性を受け入れる雑食性を持っていたことがある、と思います。例えばラテン文化圏のような一神教的な体系的な文化が支配的であるようなところうや、イスラム文化圏などのように厳しい戒律のあるところでは、自由奔放なロック文化は受け入れられにくいのです。

①イギリス文化の基本構造とシェイクスピア

 

 ヨーロッパの地図を思い浮かべてもらえればわかりやすいと思いますが、ヨーロッパの文化的・精神的中心は、ずっとイタリアでした。これには3つの要因があります。まずローマ帝国がヨーロッパ世界の始まりであり、その基礎を作ったこと。次に15世紀から16世紀にかけてイタリアルネサンスが興り、ヨーロッパの芸術文化の基本的な様式が確立されたこと、そして最後に、精神的な中心であるローマカトリック教会があり、ローマ教皇がいることです。

 確かに現在では、経済力などでは、イタリアはイギリス、フランス、ドイツに抜かれてしまっていますが、伝統的にヨーロッパの精神文化はイタリアを中心として形成されてきて、実はそのことは現在でもそれほど変わってはいない、と思います。

 そして、イタリアを中心としてヨーロッパの地図を眺めてみれば、イギリスはその周辺部にある島国であることがわかります。ある文化圏の中で、その周辺部に行くほど、中心となる文化が広がる以前の古い時代の文化的地層が残っているものです。これは、日本列島において沖縄や東北地方に縄文的要素が残っていることと同じです。

 東ヨーロッパの方までを入れてしまうと、そちらはまた別の要素が入ってきますので、わかりやすくするために、ここでは西ヨーロッパに限定して話を進めます。西ヨーロッパを構成する文化的要素は大きく二つ、一つはローマ・カトリック教会とかつてのローマ帝国の名残りを残すラテン文化圏、もう一つは森と海の民であるゲルマン民族とプロテスタントのゲルマン文化圏です。ここではさらに西ヨーロッパの中心であるイタリア、ドイツ、フランス、イギリスの4つの国に限定して話を進めます。

 単純化して言えば、このうちイタリアがラテン文化圏の中心であり、ドイツがゲルマン文化圏の中心です。フランスはラテンとゲルマンのハイブリッド、そしてイギリスはゲルマンとケルトのハイブリッドであると言えます。ケルトとはヨーロッパにキリスト教が広がる以前から存在しているヨーロッパでも最も古い民族の一つで、キリスト教化されるのが最も遅かった民族でもあります。現在ではアイルランドがケルト民族の国ですが、イギリスにもその要素がかなりあるのです。

 ケルト文化の特徴は、多神教的なアミニズム(自然崇拝)です。そこでは一神教であるキリスト教的な一つの神の教えに基づいた体系的な世界観というより、自然の中の至る所に潜んている様々な精霊たちの声に耳を傾けるという、自然の精霊との交感の感覚が強くあります。そのあたりは古代から八百万の神々の国である日本との共通点が多く、それが私たち日本人が例えばエンヤやケルティックウーマンなどのケルト音楽を聴くと、どこか懐かしく心が癒されるような感覚になることの理由です。

 イギリスの文化的地層は、まずその基盤としてこのような多神教的・異教的なケルト文化があり、その上にその後に入ってきたゲルマン民族の一支族であるアングロ・サクソンと、さらにその後に北方から入ってきたデーン人(デンマーク)とノルマン人(ノルウェー)の北方ゲルマンの文化が乗っている、というのが基本構造です。つまり、イギリスの文化はケルト的要素とゲルマン的要素、その中でもドイツよりもさらに北方の、いわゆるヴァイキングと呼ばれる北方ゲルマンの要素とのハイブリッド構造であり、さらにその後に入ってきたキリスト教的要素は、実はそれほど強くないのです。

 このことは、シェイクスピアの演劇作品を見るとよくわかります。「ハムレット」「マクベス」「リア王」などの荘厳な悲劇作品は北方ゲルマン的なものです。ハムレットはデンマークの王子という設定ですし、「マクベス」や「リア王」の舞台となっているのはスコットランドです。スコットランドはイギリスの中でも北に位置するため、北方ゲルマンの要素が強い場所です。

 これに対して、パックという妖精が登場する「真夏の夜の夢」や、プロスペロという魔法使いが登場する「テンペスト(あらし)」はケルト的です。妖精や魔法使いの存在がケルト文化の特徴なのです。

 ついでに触れておきますが、シェイクスピアには「ロミオとジュリエット」「ヴェニスの商人」「オセロ」などのイタリアを舞台とした作品がありますが、これらの作品に共通してあるのは、恋愛の要素です。恋愛の要素はラテン文化圏に特徴的なもので、一方イギリスにはラテン的要素は本来ありませんが、シェイクスピアがこれらの作品を書いたのはヨーロッパの文化の中心地であったイタリアへの憧れがあったと考えられます。

 そしてここで気づくのは、シェイクスピアにはキリスト教的な宗教観や世界観に基づいた作品がほぼない、ということです。イタリアを舞台とした作品にさえ、天国と地獄のことも、聖母マリアやイエス・キリストのことも出てきません。

 このように、イギリス文化の基本構造を知るには、まずシェイクスピアの作品に触れる(舞台演劇だけでなく映画化されたものも多数あります)のが一番の近道である、ということです。

 

(続く)

Bill Evans、David Hazeltine、佐藤允彦による演奏

 

 原曲はディズニーのアニメーション映画「アリスインワンダーランド」(ティム・バートン監督による実写版(2010年)もありますが、こちらは1951年に作られたアニメ版の方です。)のテーマ曲です。ここで取り上げているのは、それをジャズ風にアレンジしてピアノで演奏したものです。

 ジャズには「スタンダードナンバー」と言って、同じ曲を何人ものミュージシャンがそれぞれのスタイルで演奏する、という文化があります。クラシックが作曲者の方により比重が置かれた音楽だとしたら、ジャズは演奏者の比重が大きい音楽で、演奏者の自由度が高く、同じ曲でも誰がどんなアレンジでどんな演奏をするかによってかなり印象が違ってきます。

 何人ものジャズミュージシャンたちがこの曲を取り上げて演奏していますので、それを聴き比べてみる、というのもジャズという音楽を聴く上での一つの醍醐味です。その中でも私はこの3人の演奏がお気に入りです。どれもピアノ、ベース、ドラムというジャズ演奏の基本であるトリオでの演奏という共通点がありながら、その表現スタイルはそれぞれはっきりと違っていて、その個性が際立つものとなっています。

 ビル・エヴァンスのロマンティックでリリシズム(抒情性)に溢れた、一音一音が語りかけるような演奏、ヘイゼルタインの解像度が高くジャズ本来の生命力を感じさせる演奏、佐藤允彦の実験的でありながら原曲の持つロマンティックな響きを活かし切った演奏、どれをとっても捨て難い魅力があります。

 

 この中でも特に注目して欲しいのが佐藤允彦です。一般的にはほとんど名前を知られていない存在ではないかと思いますが、1970年代から活動を開始した日本ジャズの開拓者の一人といっていいジャズピアニストです。同じようなジャズピアニストとしては山下洋輔の方が有名だと思いますが、佐藤の場合は山下よりもさらに実験的でありながら抒情性のある演奏スタイルの持ち主で、私も最初に佐藤の存在を知った時には、「ここにこんな才能あるジャズミュージシャンが埋もれていたのか」と思ったものです。

 日本のジャズシーンというのは、国内的にも国外的にも長い間かなりマイナーな存在でした。特に1970年代というのは、1950年代から60年代にかけてアメリカのジャズが大量に日本に入ってきて、それに影響を受けた日本の若いミュージシャンたちが、なんとかそれに対抗できるような独自のジャズの音楽スタイルを生み出そうと苦闘していた時期です。

 佐藤や山下以外にも、日野皓正、渡辺貞夫、日野元彦など、まだ若かった彼らがこの時期に残した演奏を聴くと、その苦闘の跡と異様なまでの熱気がまざまざとわかります。現在の日本のジャズシーンはそういう苦闘と熱気の末に形成されてきたものなのです。

 その中でも佐藤允彦は、例えば日本の能の世界をジャズのスタイルで表現しようと試みるなど、商業的な成功よりも新しい音楽の地平を切り拓くことに注力してきた存在で、もっと高く評価されて然るべきだと思います。