昨年秋、知人(50代女性)があるトラブルに巻き込まれ……というか、自分がそのトラブルを引き起こす原因となってしまい、大変な状況に追い込まれました。
彼女は、数十年にわたって命を懸けて取り組んできたライフワークとも言える仕事を失いました。
同時に、大切な人からの愛や信頼も失いました。
自殺をしてもおかしくない状態でしたし、実際、本人も「何度も死ぬことを考えた」と言っていました。
その友人と、今年になってから何度かやりとりしていて、先日は電話でも1時間ぐらい話す機会がありました。
最初は自分のミスで何もかも失って、自分の命の価値も生きていく意味もなくしてしまったと思ったけれど、彼女は涙の中でなんとか踏みとどまって、必死で自分と向き合う作業をしてきたそうです。
そのうちに、愛も信頼も失っていなかったことに気づきました。
それは、彼女が仕事を通じてたくさんの人に寄り添ったり、真剣に関わったりしてきたことが、輝きを失っていなかったからでした。
たくさんの人が彼女のもとに来て、励ましてくれ、支えになってくれたそうです。
彼女か無償で他者に与え続けてた愛が、一番大切な時にどどっと戻ってきたのです。
そのうち、彼女は気づきました。
そのライフワークと思っていた仕事は、人生のすべてをかけるものではなく、通過点の一つにすぎなかったのではないか? 自分がそこにしがみつき、こだわっていたに過ぎないのではないか?
自分の使命がそこにはなかったから、「もうその道はいったん降りていいんだよ」という流れになったのではないか?
「この世界でしか生きていけない」と執着していたけれど、本当は自分にはもっと新しい世界があり、もっとすごい可能性があるのではないか?
彼女はもちろん、アセンションだのツインだのという概念は知りません。
それでも、「本当の自分を生きる」というところに主眼を置いて、自分の中の執着や奢りやエゴに気づき、まっさらの状態で自分を立て直そうとしています。
私は、「貴女は様々なことから解き放たれて、自分の人生を自由にクリエイトできる状態になったんだよ~」「よかったじゃーん」と伝えました。
そして、私自身のここ数年の心情などを話し、今どういう生き方を目指しているかなどを話しました。
そんなやりとりの後、彼女からきたLINE・・・・・・
ずっーと長い間着ていた着心地の悪い服を脱ぎ捨てて、
そして、生きていること、命のあることをジーンと感じてみようと思う。
無い物以外は、全部ある。何一つマストのない自由。ありがたいなぁ!と。
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