兵隊・抑留記(107)  本土の土 | SAPPERの兵隊・抑留記

兵隊・抑留記(107)  本土の土

 
復員(ナホトカ → 舞鶴) - その3
 
 
 
 船中2泊か3泊した。夜、就寝後夢うつつに船のエンジンの振動が止んだのを覚えている。翌払暁、厠に起きる。望見すれば、岸壁上に整然と植えられた黒松?が見える。シベリアに無い景色である。正しく日本本土だ。船倉の仲間が入れ替わりたち替り、甲板に出たのである。

 

 舞鶴港シベリア抑留引揚者一覧によれば、
 大郁丸 昭和23年年9月18日入港
 引揚者(人)2000名とある。
 19日上陸、本土の土を踏む。
 
 所属部隊など本人確認の際、係の名簿には、俺の名の上に赤い印があった。多分行方不明だったのだろう。
 
 確認事務後、風呂場へ直行。着衣類は鍵付き脱衣箱へ、風呂場の入口でタオル、大きい浴槽は白く濁った薬湯だ。湯は温く少ない。片側から入りしゃがむ臍位まで湯に浸かる。そのままヨチヨチ前進、向こう側に押し出される。浴室出口で褌(ふんどし)。次の建物に通ずる渡り廊下では上から左右から白い粉の噴射を浴びる。褌を緩めて中にデデッ。通り抜けて白い粉を払う。襦袢(シャツ)袴下(ステテコ)軍袴(ズボン)軍衣(ウワギ)‥‥と流れ作業だ。白い粉=DDT
 
 講堂の跡か、畳敷の大広間に落ち着く。寝座(なぐら)である。
 
 翌日脱衣室の衣類は白い粉だらけになっていた。
 
 
 
つづく
 
 
 
用語解説

【DDT】防疫・殺虫剤