敗戦前後 その4 | SAPPERの兵隊・抑留記

敗戦前後 その4

 
 前回は〔分隊の兵を集め人数を確認する〕迄書いた。
 
 この夜、俺の分隊員で脱走を企てた者も居ったが、未然に防ぐことができ、その後も俺の分隊から脱走者は無い。
 
 16日になって全隊員8月14付で1階級昇進した。俺は曹長に進級、歩兵銃を返納し新たに軍刀が支給された。
 
 俺は軍刀を腰に“悦”に入っていた。馬鹿丸出しである。
 
 朝、関東軍司令部参謀(佐官)自決を知る
 
 敗戦後約2週間は司令部(跡)に居住し、その間ソ連軍との接触はなかった。8月末「ソ連軍により武装解除」と「部隊の編成替(大隊単位約1000名)」があった。俺は隣の中隊へ、中隊長付曹長として転任した。中隊長付き曹長には部下はいない。
 
 その頃からだろう、誰言うとなく、我々は「国境に点在するト-チカの破壊撤去作業に従事」、「満洲は治安悪化のためソ連領を通り内地へ帰還」などの噂が流れた。
 
 俺は考えた「そんなにすんなりいくはずがない」と。
 
 前に読んだ本に「ナポレオン軍がモスクワ遠征の際ロシア軍に大敗した。フランス軍のポンスレ工兵士官(数学者)は、2年間の捕虜生活後、ロシアの算盤をみやげに‥‥」とあった。
 
 何故か、この(2年間)に引っかかった。時代も、国の形態も違うのにだ。
 
 われわれは、戦争という目標を失った集団だ。しかも2年間もだ。ようやく思いついたのが、「趣味」「娯楽」を広めよう。何か一つでもいいから覚えよう。と
 
 俺は「囲碁」を覚えることにした。
 
 9月12日新京発、満洲鉄道を北上。
 
 9月22日黒河から国境のアム-ル河を渡りソ連領に入る。ブラゴエチェンスク郊外に野営。
 
 10月2日チタ州ブカチャチャ着。
 
 
 
      (この項おわり)     2008.8.23記
 
 
 
用語説明
 
【現地召集】(げんちしょうしゅう)外地に居住する人が外地の部隊に直接召集されること。
 
【消灯】(しょうとう)灯を消すこと。

   軍隊では就寝時間をラッパを吹いて知らせる。(平時)
   新兵さんには、“新兵さんは辛いもんだネー/又寝て泣くのかヨー”と聞こえる。
 
【ト-チカ】コンクリ-トなどで造った堅固な小型の砦(とりで)。
 
 

 

参考
 

【零の発見】吉田洋一緒 岩波親書(初版1939)