兵隊・抑留記(93)  命びろい、ミキサー撤収で事故発生 | SAPPERの兵隊・抑留記

兵隊・抑留記(93)  命びろい、ミキサー撤収で事故発生

 
抑留後期 - その14
 
 
 こうして、われわれ作業者は労力削減・体力温存を喜び、ソ聯側は作業能率の向上を喜んだわけである。
 
 かくして、宿舎建設のコンクリート打設は完了し、ミキサーを地上に下ろすことになった。今度は引き上げたときと逆の作業だ。神楽桟のワイヤーを徐々に緩めてゆっくりミキサーを下ろさねばならない。
 
 いよいよ作業開始である。足場上の平らなところは息も合いスムーズに進行した。ところが、登り桟橋の下り勾配に差しかかって、間もなくであった。ミキサーの重心は後部にあるため水平に押し出されて鉄パイプのコロが前部から次々浮いてしまう。ようやく重心が前に移ったときに事件は起こった。
 
 ミキサーは上り桟橋の勾配上に置いたコロにうまく乗らず、コロをはじき飛ばしてしまったのである。この衝撃は、支持ワイヤーを通して神楽桟に達した。神楽桟の作業者はこの衝撃で大きくバランスを崩したため、ワイヤーは緩んでしまったのである。
 
 ミキサーはガクンと左斜めに(宿舎の反対側)に傾いた。進行方向左側、ミキサーの後ろに位置していた“俺”は咄嗟にミキサーを支えようとしていたのである。しかし、凧糸の切れた凧のように、バランスを崩したミキサーを人間の一人や二人で支えられるわけがない。ミキサーは“俺”の手を離れて登り桟橋をはずれゆっくりと転落していった。(あそこに落ちたら〈ナシンキ〉があり、これは痛いぞ)と思った瞬間、ミキサーと神楽桟間に張ってあるワイヤーに接触し、跳ね飛ばされてしまった。
 
 気がついたら、足場上の板の張ってない桁の先にしがみついていたのである。正に軽業(かるわざ)だ。
 
 胸部・両腕打撲、しびれて感覚がない。“俺”を跳ね飛ばしたワイヤーは頭を越えてすぐ左脇にあるではないか。(もしワイヤーが肩や背中で止まっていたら“俺”はどうなっていただろう)。
 
 仲間が駆けつけて足場板のある方に来いというが、しびれたままで動けない。足場を継ぎ足して助け出してもらった。命拾いである。
 
 仲間の一人は“俺”の後ろに居たのだが、同じようにワイヤーに跳ね飛ばされ、仰向けに落下したが途中足場の支柱補強用の筋かい(X状)に背中を打ちつけ、一回転してドシン。地上に尻もちをついたのである。彼は目を白黒させたが、“俺”より被害僅少、異常無し。
 
 主な人身災害はこの二人だけであり、落下したミキサーはハンドルを折損したが、溶接補修・検査の結果、本体の運転に支障のないことが分かった。物的被害は軽微であったと言えるだろう。
 
 3日位してからだった思うが、左足だったか太股の裏側がひりひりする、調べてみたら、大きく縦にミミズ腫れになっているではないか。再度の現場調査で分かったのだが、“俺”の左脇で止まったワイヤーは後ろの桁を前に押し出し、その桁を支えていた支柱を倒してしまったのである。“俺”が桁にしがみつき尻が上がった瞬間、支柱の頭部に残っていた鎹(かすがい)の爪先が、太股を掠(かす)めて通過したのであった。尻が下がっていたら〈グサリ〉。
 
 危なかったァー。
 
 
つづく