兵隊・抑留記(87)  厠でびっくり | SAPPERの兵隊・抑留記

兵隊・抑留記(87)  厠でびっくり

 

抑留後期 - その8
 
 
 第2中隊(隊長・T中尉)から転出し、炭坑勤務になった“俺”は入坑兵舎に移っていたのである。この入坑兵舎は収容所の衛門の近くで、広さは、2中隊兵舎の3分の1位だったと記憶する。厠はKが射殺された時の厠を使用していた。
 
 まだ尾籠(びろう)な話が続くが、日本兵は、用を足した後、紙などで処理する。ところが適当な紙がないのである。炭坑内でダイナマイトの包み紙(湿気防止のため蝋引されている)を拾いよく揉んで蝋を落として使用したが、それでも滑って気持ちのいいものではない。 ところが、衛兵所の近くにある関係でソ聯兵もよくこの厠を使うので彼らを見ていると、用が済むと紙など使わずスッと立ち上がる。実に見事である。鶯か馬か、彼らの食事だってそんなに変わってはいない筈だが、兎に角便利にできている。
 
 あるとき、厠が混んでいた。空いている場所はないかと、こちらを向いて砲列を敷いている中を奥へ進んだら、あれっ、砲列の間に一人“ツルリンコン”の奴がいる。髪は短く軍服着用だが正しく女性である。こんなところで“ツルリンコン”に対面するとは--。びっくりしたな、モー。
 
 後で分かったことだが、北満の開拓団にいた彼女と夫は、ソ聯の侵攻を避け、逃避中、夫は土匪(どひ)に殺され、彼女のみ姿を変えて逃走中であったが、たまたま満洲を北上中の抑留列車に拾われたとのことだ。勤務は収容所内の中央病院、千葉県出身、先に帰還したと聞くが、その後の詳細は分からない。
 
 
つづく