兵隊・抑留記(81) K氏の銃殺事件真相(1)
抑留後期 - その2
I隊戦友会名簿 5/5頁 0414に、「I隊員・K(福岡県鞍手郡 昭和21年2月17日没 栄養失調)」とあるが、事実は不法にもソ聯兵により、彼は『銃殺』されたのである。
《追憶ブカチャチャ - シベリヤ日記 守谷勝吉著 昭和53年9月30日発行 28頁~より抜粋》
収容所のおける最初の犠牲者は、ソ連の監視兵によって銃殺された。表面的には逃亡を企て、見張りのソ連兵により銃殺されたことになっている。 「I隊の者だ。こんな馬鹿なことがあるか。」と言い捨てて、医務室の方へ負傷兵の後を追うように付いて行った。その兵は、哀れにも医務室でその日のうちに息を引き取った。「朝から下痢気味で、作業も休んでいた者が逃亡しようなど、考えられんことだ。」
不幸にも死んだ兵に対し、I隊全員で整列し、葬ってやれたのがせめてもの慰めであった。 |
つづく