兵隊・抑留記(79) 漢字撤廃、N教授の講義
抑留中期 - その10
さて、話を収容所に戻そう。
同室者のNさんは、新京の或る大学の教授である。英文哲学(?)が専攻と聞いた。
消灯後、寝床の中で「彼」N教授の初恋話、女性二人に言い寄られ困った話、贅沢なもんだと羨ましく、すっかり話術に乗せられてしまったことを覚えている。
ソ聯側はこの頃から益々、天皇制打倒、ソ聯邦万歳を謳歌し、露骨に、共産主義を押しつけてきたのである。
入所のとき、持っていた日本の文書(本)の提出を求められたが、提出したら戻らないことは分かっていたので、夫々隠して持っていた。“俺”の持ってきた「建築設計資料」や「零の発見」も密かに持つには嵩張り、だんだん一冊の本で持つことが難しくなってきたので、本を分解し、少しずつ別けて持つようにしていたのである。
そんな中で、KS、MR、“俺”の他2、3人の有志が、密かにN教授のもとに集まり、〔哲学的人間学(高山岩男著・岩波書店・昭和13年)〕(無論、この本も分解され各人少量持参)の講義を受けたものである。
N教授は、これからの日本の復興に大切なのは、子供の教育にある。と、言い、復員したら小学校の校長になると言う。
「彼」は、『漢字撤廃』を提唱して、事象の表現には『かな』『カタカナ』『ローマ字』の三つあればいいという。
漢字がある為に、日本語が混乱し、小学校児童に余計な負担をかけ、この負担を効率的に他に配分した方がいい。というのである。
日本語には大体、「訓読み」、「漢読み」がある。例えば、「いくさぶね」と「軍艦」については「いくさぶね」だけでよい、という。「つめ」→(爪)、「つまづく」→(爪突く)→(躓く)、「つめる」→(爪入る)→(詰める)、「冷たい」→(爪痛い)→(冷たい)‥‥‥。 「むら」→(集まったところ)→(村)、「むらくも」→(叢雲)、「むらがる」→(群がる)、「むらになる」→(斑になる)‥‥‥。
語源が同じなのに漢字に書くとこのように混乱する。と、いうわけである。
N教授にいう。
漢字にだっていいところはある。「貸し家」と「菓子屋」、「医者」と「石屋」のように、一目で分かる。と、言ったら。それは馴れでどうにでもなる。と、一蹴された。
つづく