兵隊・抑留記(78)  困ったときはエキスパートに聞け | SAPPERの兵隊・抑留記

兵隊・抑留記(78)  困ったときはエキスパートに聞け

 
抑留中期 - その9
 
 
 収容所には各分野の『エキスパート』がいる。
 
 それを一人で聞くよりは二人の方がと、KSさんに駆り出されては、一緒に『エキスパート』を尋ねたものである。
 
 例えば、「養鶏術」、「椎茸栽培」、「竹の子の缶詰」‥‥等々。
 
 「彼」は的を射た質問をし、鋭かった。一生懸命に聞くので相手も快く教えてくれたものである。“俺”も脇役ながら「門前の小僧習わぬ経を読む」ではないが、いろいろと勉強させられたものである。
 
 「彼」は中学を出たところで父を亡くし、一家の柱となって、幼い弟妹達を大学卒業させたという。
 
 昭和10年代前半の木綿統制令発令までミシンを踏み、靴下などを縫合していたが、木綿が自由にならなくなっては、仕事の行き詰まりと予感し、単身僅かの資金を持って大陸・上海に渡る。
 
 日本円を中国準備銀行で兌換すると若干のプレミアムがつく。
 
 その中国準備銀行券を日本の銀行支店では日本円に等価交換してくれる。これを一日に何回か繰り返し資金を蓄積したそうな。
 
 「彼」は復員後、広島県で「KS砂利」として建設材料業として活躍したが、河川砂利採掘禁止になる少し前だったと思うが、突然死去された。委細不明である。
 
 
つづく