兵隊・抑留記(77) 努力家のKSさん
抑留中期 - その8
とにかく、“俺”の趣味の一つに『囲碁』が定着したのも「KS先生」のおかげであり現在に至るも感謝の気持ちには変わりはありません。
この碁石、軽いのは致し方ないとして、使い始めはまあまあだが、だんだん手垢がついて黒白がはっきりしなくなってくるのには弱った。これは、木口面に指が触れ、手の油が染み込みやすいことが分かり、それではと、厚さ〔碁石の厚さ〕・板幅〔碁石の直径幅〕の板を方形に切り、一個一個角を取り丸めて碁石らしくしたのである。これは細工に苦労した分、手垢がつきにくく長持ちした。
KSさんは独立工兵第○○聯隊の現地(支那・上海)召集兵である。I隊の一員として北支を転戦していたが、“俺”の分隊に何時、何処でに配属されたのか分からない。兎に角、敗戦時〔満洲・新京(長春)〕では、“俺”の分隊であった。敗戦後の編成替えで別れ別れになっていたが、何故か“俺”とは相性がよく、穴(炭坑)から這い出て鉱山管理局勤務となり、同室となったときなど、心から喜んでくれたものだ。
努力家であり、研究家である彼は、復員したら、祖国の疲弊し混乱した世情を一日も早く立ち直せるには、何ができて、何ができないかを、真剣に考えていた一人である。
つづく