兵隊・抑留記(76) 娯楽・趣味に目を向ける
抑留中期 - その7
前にも書いたが、炭坑作業は、一番方(午前8時から午後4時)、二番方(午後4時から午前零時)、三番方(午前零時から8時)に分けて勤務する。炭坑内の作業は24時間休みなしである。「番方」の交代は1ヵ月毎だったと記憶する。
鉱山管理局勤務以来、昼間勤務となり、肉体的重労働の炭坑地下作業から解放され、心身共に余裕ができたので、“俺”は俺なりに娯楽・趣味に目を向けることにした。
敗戦、抑留当初思い付いた『囲碁を覚えよう』の実行開始である。
先ず、「碁盤・碁石」の製作であるが、〔建築設計資料(丸善・昭和17年)新京工業大学・学生寮から持参〕を参考に、碁盤は「白樺」の板材を、碁石は「白樺」材の丸棒の輪切りである。製作には、いずれもTa(I隊・岡山県)さんに協力を仰いだ。
輪切り材の半分を、飯盒に油煙を入れて煮る。これが、黒石だ。
“俺”は油煙の墨を『烏口』(製図用具)に入れ、「碁盤」の線引を行ったのである。
「囲碁」の先生は、同室のKS(I隊・広島県)さんを先生とした。
『囲碁の本』(内容は分からない)を持って入ソしたが、ブラゴエチェンスクで焚き付けとして燃してしまったのが何としても悔やまれる。
こうして、“俺”の「碁歴」はブカチャチャに始まったのであるが、現在に至るも碁歴が長いだけで、腕の方は一向に上がぬまま、その現状を維持することも覚束ず「退化の傾向」とは残念の極みだ。
よく最初が肝心(最初の先生がよくないと後まで尾を引く)といわれるが、自分のことを棚に上げて、腕の上がらないのを「KS先生」の所為(せい)だなんた言っても、「先生」に失礼なだけである。
つづく
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