兵隊・抑留記(72) 時には不審者扱い
抑留中期 - その3
夕方など、仕事帰りに、垢だらけで且つ薄汚れた軍服を着用した者が一人、とぼとぼ歩いているのを目撃したら、不審に思わぬ民間(ソ聯)人は居ないと思われる。
帰路は、どうしても仕事疲れと腹が空いて颯爽とは歩けない。何回も不審訊問を受けたものである。最初のころはロシア語の《ラーゲリ》(収容所)はいいとして《ルダゥ・ウポラブレニィエ》(鉱山管理局)となると、いささか、なめらかには言えず、(パスポート)を示して説明するが、なかなか理解してもらえず困ったものである。
それでも、箒になる草木を採取し、持ち帰り多くの戦友に使ってもらったり、採取した、白くて丸くマシュマロに似た茸を、飯盒(はんごう)いっぱい持ち帰ったりした。
それを塩茹でにして、同室の仲間と食べたりした。歯触りのいいものであった。
つづく