兵隊・抑留記(69)  ストライキに陰ながら拍手 | SAPPERの兵隊・抑留記

兵隊・抑留記(69)  ストライキに陰ながら拍手

 
抑留初期 - その3
 
 
 《採炭》現場は、ハッパをかけたら、直ちに石炭を払い、《裏山》が急激に潰れないよう(作業安全のため)支柱を立て、《コンベアー》を移動して、ハッパの準備をする。これの繰り返しである。
 
 放置された切羽(きりは・坑内作業現場)は《裏山》がゆるんで、放置期間が長引けば、それだけ危険は増大するわけだ。加えて、《裏山》が、潰れてしまってからでは採炭は不可能となる。
 
 鉱山管理局に緊急事態発生である。直ちに、この事件で生じた坑内作業の穴埋めを《二炭》側に求めてきたのである。
 
 《二炭》では作業各班からピックアップした人員をトラックで緊急輸送し、《一炭》の要請に答えたのである。
 
 “俺”もこのとき動員されている。《一炭》の印象は、《二炭》より炭層は浅いと見た。しかし、坑内の坑道は広く、斜坑の昇降にはワゴン車があるなど、なかなか整備されている感じであった。
 
 抑留者が、ソ聯側の指示(それを鵜呑みにした大隊長)に抗議して《ストライキ》を敢行したのであるから、痛快である。当時の俺達は、この勇気ある行動に対して、陰ながら拍手をおくり絶賛したものである。
 
 この《ストライキ》の結果、食事の配分は元に戻ったという。
 
 しかし、成果もあったが、代償もでかい。首謀者は《チルマ(軍隊でいえば重営倉)》に入れられ、大分油を絞られたという。が、その後の詳細については知らされてない。
 
 
つづく