兵隊・抑留記(62)  発疹チフス | SAPPERの兵隊・抑留記

兵隊・抑留記(62)  発疹チフス

 
ブカチャチャ炭鉱 - その4
 
 
 炭坑作業の中で日本人(抑留者)が携わっていた作業は、《木材運搬(レサノース)》《支保工(クリピーチク)》《運炭(ナワラダボイシュク)》《ワゴン押し(リカボーイ)》等であり、〔爆破、コールカッター運転、コンベアモーターの運転管理〕等は含まなかった。
 
 上方の三角型横穴での木材運搬は悪戦苦闘であった。三角型の直角側に切羽の方に足を向けて横向きに寝る。横穴の長さに応じて、何人も寝るわけである。送られてくる丸太の端に手をかけて足先の方へ送るのである。その際力を合わせて一斉に《セーノ》《セーノ》の号令だ。
 

 

 
そんなある日、Sさんが発疹チフスに罹った。
 
 彼は普段頑健だったのが災いした。発熱で脳症を併発、夜中、裸足にシャツ一枚で中央病院を飛びだし、収容所内を徘徊したのである。
 
 《ダモイ(帰還)だ、ダモイだ、皆起きろ》と、夢うつつに聞いた彼の声が“妙に耳にこびりついて放れない。
 
 シベリアの五月はまだまだ寒かった。薄着の彼の体力は極度に消耗し、遂に帰らぬ人となってしまったのである。
 
  無念やるかたなし、祈る冥福。
 
 
つづく