兵隊・抑留記(49) 動揺
敗戦 - その5
1945年(昭20年)8月15日、敗戦。
遂に、“俺”は昨年11月3日初年兵受領のため、原隊(第3中隊)を出発してから、《K小隊長の下、教育班長として教育した兵》を連れて、(第3中隊)に戻ることなく、《敗戦》を迎えたのである。
当然、午後の作業は中止となった。
ところが、あちこちに屯している各分隊の間で、《かくなる上は馬賊となって、内地へ帰還しょう》とか、《民間人に化けてまだあるだろう列車に紛れ込み南下しょう》など、ひそひそやっているものが出てきた。大分、動揺している。
将校連中は、この開闢(かいびゃく)以来の出来事に鳩首対策を練っているためか、将校室に深く閉じこもって出てこない。
“軍律”はまさに崩壊寸前であると思えた。
この時点での“俺”の頭はなかなかどうして、〔《皇軍》《世界に冠たる日本軍》の終わりはそれに相応しく、整然と行わなければならない〕と、思っていたのである。
これはいかん。“俺”は将校室に飛び込んだ。《兵隊の精神に動揺の兆しが見える、このときに、詔書の解説・今後の行動などの説明もせず、いたずらに時を失するならば、明朝までに兵員は半減するだろう‥‥》と、具申した。
直ちに、各小隊毎に小隊長から説明・訓示がなされた。
つづく