兵隊・抑留記(42) 羊羹(ようかん)事件
初年兵教育 - その4
☆ 1945年(昭和20年)春、一期の教育を終了した初年兵を連れて天津の教育隊を出発南下、当時、河南省・鄭州(ていしゅう )を拠点にして作戦を展開していた独立工兵第○○聯隊第2中隊に合流、“俺達”第3中隊要員(K小隊)も第2中隊(I中隊長)の指揮下に入った。
既に、制空権は敵にあり、昼間は空襲を受ける危険があるので、部隊の移動は、敵機の来ない夕方から夜間であった。
糧秣(りょうまつ)の集積場所(兵站、へいたん)は空襲を避けるため、昼間、“無人部落”を装う。したがって、昼間は兵站4Km以内に立入り厳禁となる。
糧秣受領は夕方より行動開始、夜間に受領し後、明け方までにこの部落を遠く離れねばならない。
ある明け方、H伍長の率いる糧秣受領班が「空荷」で帰隊した。
Hの奴、夜陰に乗じて相当派手に盗んだのだろう、兵站の出口で発覚。兵站側に『糧秣』は『窃盗品』と共に全量没収され、さんざん、油を搾られたうえでの『手ぶらの帰隊』である。
しょうがない、『糧秣』が無くては部隊が干上がってしまう。あまりいい役ではないが、今度は“俺”が行くことになった。5~6Km離れた兵站まで、各分隊より駆り出した兵10名位に牛車2台で向かう。暗闇の兵站は各部隊の糧秣受領で混雑していた。兎に角、昨夜の詫びを入れ、受領手続きを終える。と、闇の中に罵声だ。昨夜の今夜。見回りは厳しい。
《コラッ 待て!》 どこかの兵が捕まった。窃盗でもあったのか。
《貴様、何年兵だ!》
――2年兵です――。やれやれ、“俺”の隊ではないな。
“俺”の連れてきたのは初年兵だ。
《何処の隊だ!》
――独工○○――。 チッ! 何でェ、“俺”の隊ではないか。
〔兎に角、拙(まず)いことは、現地解決だ〕。“俺”は声の方にすっとんで行く。
下手に兵站本部に行かれては『事』が面倒である。本部方向の通路を塞ぐようにして
――何があったんですか ――
《こいつが 甘味品(羊羹)を盗んだ》 見回りの下士官が怒っている。
見れば、初年兵の“A”ではないか。
兎に角、窃盗した奴と一緒では、謝りにくい。
――馬鹿野郎! あっちに行っていろ―― “A”の背中を大きくどやし
て、彼を闇の中に解放する。これで現行犯は居なくなった。
――しゃーない奴だ。しかし、甘味品に手を出すとは可愛いところがある。
“俺”なら米に手を出す―― これでは謝っているのかどうか分からない。
相手の下士官何やらブツブツ言っているが、それでも一件落着だ。
大事に至らず、糧秣確保。無事帰隊であった。
つづく