兵隊さんの匂い
表通りから路地の突き当たりに二軒続きの貸家がある。その左側の家に、小学校一年の夏まで住んでいた。
玄関の反対側の窓を開けるとお墓でである。大家さんはお寺だったのであろう。(高徳寺)
墓地の向こうが歩兵聯隊(近衛歩兵第四聯隊)の兵営である。(現 都立青山高校)
朝な夕な、喇叭(らっぱ)の音の中で育ったようなものである。
路地の出口右角はお煎餅屋さん。表通りを右に行けば原宿の代々木練兵場方面、左に行けば電車通り(市電)、電話局(現NTT)方面だ。お煎餅屋さんの向かい側は田中大将のお屋敷(田中義一 後 内閣総理大臣)又、近くには河上元帥のお屋敷などがあったためか、軍人さんをよく見かける環境にあった。
兵隊さん達は表通りが代々木練兵場に通じる道のためか隊伍を整え行進してくる。やがて「足音」も「匂い」も尾を引きながらだんだん遠ざかっていく。俺は路地の角で飽かずに眺めていたものである。
大正末期(幼年時代)の甘酸っぱい思い出である。
昭和15年師走赤羽の近衛工兵隊に入隊した俺は数日後皮革類〔軍靴・帯革(バンド)・弾薬入れ等〕手入れ用の缶入り保革油が支給された。缶を開けて分かった。
幼年時代 脳味噌に刷り込まれた「兵隊の匂い」とは「実に保革油」の匂いであったとは。
2008.2.10記