兵隊・抑留記(39) シラミと一時帰宅
初年兵教育 - その1
☆ 初年兵受領のため、新郷を後にして京漢線を北上す。北京・天津・山海関を通過して満洲に入る。錦州・安東を通過した所が朝鮮の新義州である。朝鮮半島を縦断、南下して釜山に至る。釜山にて連絡船に乗船、敵機・敵潜水艦の魚雷攻撃を未然に防ぐため交代で見張りに立つ。夕方、無事下関着。
夜行列車にて東京へ向かう。
噂には聞いていたが内地の食糧事情は芳しくない。下関で支給された《コッペパン》を食いつなぎ、24時間かかって東京の自宅にたどり着いた。
1944年(昭和19)11月3日洛陽発、11月13日東京着であった。
予告なしの帰宅である。
玄関に出た末弟の第一声《兄貴、脱走してきたのか‥‥》。
とんだ出迎えではある。
〈まさか軍服を着て脱走もあるまい‥‥〉。
家族全員が“俺”の一時帰宅を喜んでくれたのである。が、突然の帰宅に支那大陸最前線のお土産として(シラミ)を仰山持参したのだから、一騒動である。兎に角、襦袢・袴下の縫い代の裏は(シラミ)の卵がびっしりと銀色に光っているのだ。下着は釜茹、軍衣・軍袴は丹念に(シラミ・シラミの卵)潰しである。下着は洗濯後アイロンなどによる強制乾燥である。
一番大変だったのは《おふくろ》だ。
人間は風呂へ、久方振りの入浴である。
つづく