兵隊・抑留記(29)  みやげは地雷 | SAPPERの兵隊・抑留記

兵隊・抑留記(29)  みやげは地雷


独立工兵聯隊 Ⅰ - その4
 
 
 
 さて、この地雷はどうして爆発しなかったのか、本体と上面の緖型鉄板を結ぶ4本のボルトの中、2本が欠落し、紐で結んであった。軍馬は2本のボルト側を強く踏んだため、他側の2本の紐が切れて、緖型鉄板と木板とを跳ね挙げてしまい、全然信管に触れていない状態だ。踏んだ奴は誰だろう、無論、踏んだ本人は知らないだろうが、兎に角運のいい奴だ。“俺”はビックリしたというわけである。
 
 掘り出している暇もないので、前進である。そこから15分位してようやく旅団司令部宿営地(洛陽東北角郊外)に到着した。5月23日15時頃であった。直ちに、旅団司令部副官に到着報告をする。副官は“途中に地雷あり”と聞いて“直ちに撤去せよ”とのこと。兵一名を連れ、副官付き曹長と共に現地に向かう。地雷との再会である。しげしげと見れば見るほど《人の生死なんて、全く紙一重だ》と、つくづく思う。
 
 撤去作業に入ったら、いままで側に居た曹長いつの間にか遠くに離れてしまった(利口な曹長である)。信管を抜き雷管をはずす。雷管は丁度付近を流れていた小川に放り込み、本体の地雷を脇に抱え司令部へ、副官へ《こんなものがありました》と、放り出したら、副官あわてて、《こんなもの、早く始末しろ》と、飛び退いた。フフフ‥‥。朝からの鬱憤、こんなことで晴らすとは“俺”も小さい小さい。
 
 さて、中隊の主力は、K小隊は何処に居るか司令部に尋ねるが皆目分からない。この時点ではN軍曹以下3名の戦死と若干名の負傷については、まだ、知らない。
 
 夕方遅く、司令部から呼び出しがあり、直ちに赴く。《洛陽攻撃のため火焔放射器を用意しろ》と、“俺”は中隊の主力や器材小隊が何処に居るのか、果たして中隊は、火焔放射器を携行しているか、K小隊は携行してない等々‥‥、司令部自身が中隊主力の所在が分からないのに、“俺”に分かるわけがない。

 

 明日の突撃までに間に合わすこと非常には困難である。と、具申した。色々言われ、曲折はあったが、“俺”はあくまで《K小隊は携行していない、中隊主力器材小隊の所在不明、中隊は火焔放射器を携行しているや不明の状態では、動きたくても動けない》。と、ようやく、火焔放射器不採用と決まる。ヤレヤレ‥‥。副官は思い付きで言っているのだろうか。言われたほうは非常に困る。
 
 大体、司令部は工兵の一個分隊7名を洛陽突撃の時点で何に使い、どう使おうとしていたのか、思いつかないし、不思議である。
 
 
 
つづく