兵隊・抑留記(23)  ヒョロヒョロ弾で命拾い | SAPPERの兵隊・抑留記

兵隊・抑留記(23)  ヒョロヒョロ弾で命拾い

召集  独立工兵聯隊 - その6
 
 
 
 撤去作業に夢中で気が付いたら、いつの間にか昼過ぎになっていた。分隊を纏めて安全な休憩場所として土手(高さ10m位)の陰を選び、そこまで歩こうとするが、急に腹ペコと疲労を感じ、分隊全員元気なし。やむなく土手の20~30米ぐらい手前で昼食休憩である。腰をおとし疲れた両足を投げ出す。飯を食おうとした瞬間、股ぐら中心軍袴の縫い目に沿ってピューと筋状に《熱》を感じた。探したら尻のほうから敵の小銃弾が出てきた、まだ熱い。
 
 もう少しで“金玉”命中である。ヒョロヒョロ弾で命拾いした。この弾丸は記念に持っていたのだが、その後いつの間にか紛失してしまった。

 

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 覇王城平定後、氾水(はんすい)に向かう。その頃我が3中隊は独立歩兵第9旅団(S兵団)に配属されていた。我らが第3中隊長・T中尉は下士候隊の教官をやっていて、長いこと実戦から遠ざかっていたのだろう、兎に角、張り切り中隊長である。兵隊がへとへとになってようやく野営地に着いても、休ませることを知らない。なんだかんだと仕事を仕入れてきては働かせる。
 
 ここは演習場や訓練場ではないのだ。戦場である。戦力の温存を考えない困った隊長であった。早速あだ名をつける《注文取り》。
 
 氾水かその近辺だったろう。T隊長は当番兵と二人で、敵情偵察といっても付近の地形偵察だったろう、出掛けた。畑の畦道みたいなところを手に持った棒切れで周りの草を叩きながら、隊長が先頭で当番兵は隊長の軍刀を持ち5m位後を歩いていた。と、一瞬、隊長自らが地雷を踏んでしまったのである。
 
 隊長の両手は肘から先、両足は膝から下を失ったという。爆死である。
 
 河南作戦第3中隊戦死者第一号となってしまったのである。後ろを歩いていた当番兵は無傷であった。
 
 第3中隊は直ちに第1小隊長のS少尉が中隊長代行となり態勢を建て直した。
 
 
 
 
つづく

 

 

 

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ブログ管理人から


子供の頃に父からあたり損なった弾の話は何回か聴かされていました。その都度「ハハハ、危なかったね」なんて言っていたものです。しかし、自分が子供を育てるくらいの年になってふとこの話を思い出すと、あれ?もしかしてオレって生まれてなかったかも知れないな、と気がつくわけです。ハハハ.....