カメラと兵隊 (1) | SAPPERの兵隊・抑留記

カメラと兵隊 (1)

 

 

 支那大陸河北省天津で初年兵教育を受けていた時期はカメラどころではなかったが(カメラ等持っていたら、生意気だとブン殴られる因子になりかねない)、乙種幹部候補生(下士官候補)になって、多少余裕が出来たので、娑婆にいた時使っていたカメラを自宅より取り寄せた。

 

 カメラはドイツドレスデン(1919)製、イカレット、ブロニー判(ブロニーフイルム8枚撮り)普及機、レンズ(ドミナー)蛇腹、折りたたみ式(60×90ミリメートル)。シャープに写るので戦友の間では評判よく喜ばれたものである(高級機はテッサー装着)  
 

 天津市内の日本租界(兵営から4キロメートル位)には写真屋さんが2軒あり、現像・焼付やフイルムも購入できた。
 
 しかし、討伐(天津付近の治安見回り)では如何んせん、かさばる、重い、ブロニー1本で8枚(うまくやって9枚)という欠点があった。
 
次に手に入れのは、日本製セミキンカ (ブロニー半裁)である。小型軽量携帯に都合よかったが、日本租界内の道路(石畳)でカメラと一緒に転んでしまった。
 
それ以来、中央は何とか見ることができるが周辺がボケるようになってしまったのである。
 
現在 写真の貼ってあるアルバムが見当たらず捜索中である。