兵隊・抑留記(20) 河南作戦発令
召集 独立工兵聯隊 - その3
作戦準備中の短い期間、連日、訓練、演習である。匍匐(ほふく )前進を実施する。演習の終わる頃に聯隊長Tがのこのこやってくる。中隊長より演習終わりの報告を受けた後、聯隊長の《講評》がある。
顎を突き出して[てめェらのは、匍匐前進じゃあねェーや、勝手前進だ。小便して行けらァー 糞ひって行けらァー‥‥]と、ベランメー口調でまくし立てるが、“俺”にはどうしても虚勢としか思えない。
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4月に入ってから、河南作戦が発令された。一個聯隊(人員・821名、馬匹・90頭、自動車・4輛)の大移動である。有蓋貨車で天津→北平(北京)→保定→‥‥‥と新郷まで南下した。
第3中隊は新郷で、聯隊本部・第1・2中隊と別れ、別行動となる。一緒の召集仲間であるK軍曹(第1中隊所属)と別れたのもここである。
我々第3中隊は無蓋貨車に乗り換え、南進。黄河北岸に天幕を張り野営する。
濁流滔々たる黄河を挟んいる北岸と南岸は一本の鉄道橋で結ばれていた。この鉄橋は3300mあり、聞くところによると明治37・38年頃にドイツ人の設計で完成したとか。黄河の濁流にも負けぬ堂々たる鉄橋である。
野営はこの鉄橋の左岸(黄河・北岸)下流側に設営された。
黄河の北岸では野営する他部隊の中に工兵××聯隊(“俺”の現役時代)を見つけ、昔の上官・同僚等を表敬訪問した。久しぶりの邂逅(かいこう)である。
〈なんだ、除隊させるんじゃなかった‥‥〉。
〈貴様、そんなところに居らずこっちの隊に来い‥‥〉。 ご挨拶である。
〈またまた、しごかれる。真っ平ご免‥‥〉と。
つづく