兵隊・抑留記(16)  体験のはずが本格的凍傷に | SAPPERの兵隊・抑留記

兵隊・抑留記(16)  体験のはずが本格的凍傷に

陸軍軍曹満洲除隊 - 前編
 


☆ 1942(昭和17)年8月31日現役満期 9月1日予備役編入・引き続き臨時召集により工兵第○○聯隊に編入 陸軍軍曹(下士官候補生の印・襟章の脇に付いている、座金を取り外した)である。
 
 この頃の印象はあまり残っていない。天津市の郊外にあって、警備・討伐・新兵・補充兵教育など無難にこなしていたのではないとか思う。
 
 占領後の英国租界の警備というより見学といった方が当たっていると思うが、ビクトリア公園・競馬場などを覚えている。
 
 天津の北洋営(駐屯地)は東側に運河があり、西側は下士官候補者隊と背中合わせになっていた。

 
 1943(昭和18)年8月、聯隊は満洲の営口に移駐した。師団司令部は錦州にあった。
 
 駐屯地・営口の冬は北支(天津付近)より寒さが厳しいらしく、兵舎は半地下式・出入り口は二重扉であり、且つ、扉は自動で閉まるようになっていた。自動式といっても、垂直に取りつけられる扉を、上下の蝶番の芯を少しずらすことによって、扉は自動的に閉まる。と、いうわけである。
 
 初冬に凍傷体験があった、先ず、氷に塩を入れ、温度を下げる。この中に指を入れると、約三分で指は真っ白に凍る。氷水との境がピリピリする位で、指先は全然感覚がない。これを乾いた布で摩擦して感覚を戻す。これが痛い。
 
 “俺”の場合、3分間入れて引き出し、中隊長に見せたところ、中隊長曰く《不十分》。さらばと、更に3分間入れたところ、今度は見事に凍ってしまった。完全な凍傷である。指の関節は動かない。丹念に布で摩擦し感覚を戻したら、これが痛いの何のといって猛烈である。三日三晩睡眠もロクロク取れぬ有様。一ヵ月位したら凍ったところを境にして爪は残ったが皮膚は一皮剥けてしまった。右手の小指だったので、右手での敬礼が出来ず、その間、左手で行っていた。治ってからも敬礼する度に右手の小指がスウスウしたのを覚えている。これが、凍傷体験である。
 
 
 
 
 
つづく