兵隊・抑留記(3) かじかむ手で爆薬訓練
初年兵教育
駐屯地(所在地)は北支那河北省天津(天津)北郊外であった
工兵聯隊(れんたい)の編成は、本部・四個中隊・器材小隊だったと記憶する。
配属先名称は、北支派遣T部隊K聯隊筧隊である。〔後、企図秘匿のためか正式名を呼ばず、(極第XXXX部隊)と称した〕
初年兵教育(一期)はここで始まった。
当時のことである。内務班(一部屋)24~30名位、5年兵、初年兵半々である。
基本として突撃、射撃などの訓練の他に、工兵特有のものとして、陣地構築(掘削、穴掘り、杭打)、敵陣爆破(火薬の取扱い)、架橋(縄や鉄線による木材緊結、操舟、杭打)、渡河(操舟)、地雷の取扱い‥‥‥等の基本訓練がある。
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☆ 天津の冬は寒い。が、訓練は苛酷である。作業のため体はさして寒さを感じないが、皹(あかぎれ)た素手は、冷たくこわばり、動作は鈍り、いささか大変ではある。
先ず、爆破訓練に触れておこう。 爆薬は、黒色薬・黄色薬・雷管・導火索(黒・赤)・導爆索などがあった。
黒色薬は弱い方向に威力を発揮するが、黄色薬の威力は四方八方である。
導火索の黒は燃焼速度1秒間に1センチメ-トル、赤は記憶が薄れたが、10メ-トル位だったかと思う。導爆索は1000メ-トル、名の示す通り爆発である。
訓練には、主に、黄色薬・雷管・導火索(黒)が使用される。当然、野外作業である。
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・雷管と導火索の接続作業。
先ず、黒い導火策(中心の粉薬が黒色)を長さ10センチメ-トルに切断する。その一端を縦に中心まで割り、マッチ軸の頭を索の中心に添えて動かぬよう紐で固定する。
次に、索の他端を雷管に押し込み、索が雷管から抜け落ちない程度に軽く雷管の口をペンチ等で潰す。(強く索まで潰してしまうと、火が通らず不発に終わることあり)
・出来上がった雷管を黄色薬(化粧石鹸の箱位)に括り付ける。これで爆破準備完了である。
書けば簡単であるが、寒空のもと、皹(あかぎれ)たこわばった手で行うので簡単ではない。
・いよいよ爆破。初年兵は、爆破地点で一定間隔を取り横一線に並ぶ。左手で固定した(爆薬・雷管)導火索に取り付けられたマッチ軸の頭に、右手でマッチ箱を擦りつけるわけだ。
教育係班長の“点火”の号令で一斉に点火する。うまく点火・爆発して当たり前、不発のときは、被っている鉄帽越しに木棒が飛んでくる。“ガァ-ン”鼓膜が破れそうだ。が、音の割合に痛くはない、しかし、罰として一食抜きは確実である。
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掘削の話に移ろう。掘削量は、1立坪(りゅうつぼ)=6立方メートル。午前中の作業量だ。ただひたすら、円匙《(エンピ )シャベル》を使っての穴掘りである。
流石、娑婆で肉体労働をしていた鳶・土工あがりの連中は体力配分、要点ののみこみ、実に鮮やかなものである。掘削した穴が、すり鉢状でなく垂直に仕上がる。最初遠くに投げる。これは深くなるにつれて投土が楽になる仕掛けだ。早く、正確に掘り上げるコツを心得ている。
彼らの円匙に盛られた土量を100とすると“俺”は、やっと60、良くて70位だろう。これが時間の差になって現れる。
やっと出来上がって検査を受けると、“穴はすり鉢状である”回りを垂直に削られ、残土の掘り出しにひと苦労、掘り上げた土が遠くにとばず、無残にもずり落ちてくる。
飯が遠くなるわけだ。
つづく