生き直しの旅、ふたたび

生き直しの旅、ふたたび

31年間勤務していた職場を退職
シングルマザーだったが息子はめでたく独立
いつのまにか最適解を探す人生になっていた
退職を機に、自分の感覚を取り戻すべく模索中

【好きなこと】
自然の中にいること。面白いことを考えること。水曜どうでしょう。絵を描くこと


荷物は最小限で大丈夫だった。鶴の湯一人旅



ずっと行ってみたかった乳頭温泉・鶴の湯へ、一人で一泊してきました。


出発前に一番悩んだのは「何を持って行くか」。


タイ旅行やお遍路を経験してから、「荷物は少ない方が楽」ということを実感していたので、今回は思い切って最小限にしてみました。


持って行ったのは、着替えの下着と靴下、洗面用品、スマホや充電器など、本当に必要なものだけ。


翌日の服は持たず、同じ服を着ることにしました。


宿には浴衣、フェイスタオル、バスタオルが用意されていたので、不自由はありませんでした。


温泉から上がったら、フェイスタオルで体を拭いて浴衣を着るだけ。


「バスタオルが必要かも」と思っていましたが、実際には十分でした。


荷物が少ないと、移動も部屋での支度もとても楽。


「あれどこに入れたっけ?」と探すこともなく、身軽に過ごせました。



混浴は思ったより自然だった



出発前は、混浴に入るかどうか少し迷っていました。


でも実際に行ってみると、思っていたほど構える雰囲気ではありませんでした。


気付けば混浴を含めて、入れるお風呂は全部制覇。


「案ずるより産むが易し」とはこのことかもしれません。



一人旅だからこその時間



食堂での食事も少し緊張していましたが、周りにも一人旅の方がいて、皆さん静かに食事を楽しんでいました。


誰かに合わせることなく、自分のペースで温泉に入り、ご飯を食べ、のんびり過ごす時間はとても贅沢でした。



今回の学び



今回の旅で一番の収穫は、


「意外と少ない荷物で十分だった」


ということ。


必要以上に「念のため」を持って行かなくても、快適に過ごせる。


この経験は、これからの旅行にも活かせそうです。


身軽になると、旅そのものも軽やかになる。


そんなことを実感した鶴の湯での一泊でした。


最近、自分の中で少し実験をしている。

これまで私は何かに興味を持っても、

「続かなかったらどうしよう」

「また三日坊主で終わったら嫌だな」

と思って、始める前に止まってしまうことが多かった。

でも最近、「続けること」を目的にするのをやめてみようと思った。

興味が湧いたら、とりあえずやってみる。

続くかどうかは考えない。

そんな実験。

そこでウクレレを買ってみた。

YouTubeを見ながら弾いてみる。

当然のようにうまくいかない。

指は思うように動かないし、コードチェンジも難しい。

途中で、

「やっぱりできないな」

「向いてないのかな」

という気持ちが出てきた。

でも、その時ふと思った。

誰に聴かせるわけでもない。

プロになるわけでもない。

うまくならなくてもいいじゃないか。



私は今まで、

始めることと、続けることと、上達することを全部セットにして考えていたのかもしれない。

でも本当は、

今日弾いてみた。

それだけでも十分なのではないか。

そんなことを思った。

退職してから、

「やりたいことはあるのに動けない」

という状態が続いていた。

だから今は、

続くかどうかより、

まずやってみたことを大事にしたい。

ウクレレが一年後も続いているかはわからない。

でも今日は弾いた。

今はそれでいい気がしている。

私のコンプレックス「続かない」


これは、事実でもあるけど、私の評価なのではないか。それが苦しくてコンプレックスになってるのではないか?


「ほらまた続かなかった」

「やっぱり好きじゃなかったのかな」

「継続力ないな…」

「本気じゃないのかな」

「やっぱり何やっても形にならない」

 →ダメな自分…


傷つくので、やりたいと一瞬思っても、

本当に続くのかな…、ルーチンにするといいかな…

とか考えてるうちに、結局やらない。パターンが増えていた。


でも、旅についてはそう思わない。

「タイに行った」→「移住しなかった」笑

「お遍路に行った」→「習慣とならなかった」笑


「体験した」

という価値を認めてるから


でも日常的なものは「継続したか?」で評価してる


自分に別の指標を作ってあげよう

「体験してみたか」

「体験してどう感じた?」

「楽しかった?好き?そうでもない?」

「やってみて何か動いた?」


その指標によれば、今回は

「ブログを一本書けた」

「ずっとやれなかったことができて嬉しかった」

「自分の中に混沌としてる物を言語化してアウトプットするのは好き」

「でも長くなったりやり過ぎると疲れる」

「失敗、継続を気にせずウクレレ買った」

!!


「続くかどうか」も「正解探し」に似てるかもしれない


本当は「やってみたい」「やってみた」「面白かった」「違かった」で十分なのに、

「続くか?!」という試験を自分に課してしまう


当たり前だけど、継続は結果の一つに過ぎない。