今日は 3月11日。
あの大地震から 1年が過ぎたんですね・・・
過ぎてみると 早かった気もするけど
とにかく 落ち着かない1年だったように感じます。
なにも変われなかった自分・・・ダメですね。
まだ 1年前のブログ記事を読み返してないけれど
頑張ろうって 思ったはずなのにね。
忘れてはいけないし 風化させてはいけない。
支援の手も なくなってはいけない。
でも 実際 忘れたい記憶もある。
恐怖心。
でも その恐怖をまだ鮮明に覚えているからこそ
次なる備えを 心の準備を しているのかも知れない。
今日は 震災の特番ばかりで
朝ご飯食べてても お昼ご飯食べてても
TVをつければ 辛いニュースや 被災地からのメッセージ。
つい 涙をこぼしながら 見てしまうと
食欲も なくなっていく・・・
いろいろなことを 思い出す。
東北の津波の被害が大きかった地域
福島の原発での避難を余儀なくされた地域
我が県でも 被害はすごかったです。
でも その時 その場で経験してみないと
その人の気持ちや 被害は 想像でしかわからないですよね。
私も 今までの 例えば阪神大震災とか 覚えているけど
経験していないだけ やっぱり現実味はなかったです。
募金とか できることも限られていたし・・・。
初めて 被災して 分かったことも多い。
それから 被災していなくても
ニュースを見て 心を痛めている人も多いでしょう。
同じ日本で これだけの被害が出るなんて
誰も考えていなかったんだから・・・。
私の家は 流されていないし
建物の被害こそあれ 家族はみんな無事。
改めて そのありがたさを もう1度実感しないといけないですよね。
福島が隣の県である 我が家は
やはり放射能汚染は とても身近な問題で心配です。
100キロ離れてれば 大丈夫?
100キロじゃ 安心ではない?
こうして考えれば 見えない恐怖って こういうことですよね。
初めは みんな 外出控えたり マスクしたり・・・
でも 今は?
誰も 気にしている様子は ありません。
ホントに大丈夫ならいいけど
こればかりは 誰にも分からないこと。
少なくとも 遠く離れた人よりは
浴びているはず。
それならば 少しでも 食べ物で気をつけたい。
数値として 大丈夫なら食べるけど
正直 少しでも 安全なものを食べたい。
そうはいっても 自分ちの畑の野菜は 洗って食べてしまうし
震災前と なんら変わらない食生活に戻ってしまった。
海産物だけは さすがに 気をつけるけど・・・。
こうして 結局は 震災前と同じように
衣食住に関しては 戻った生活をしているけど
これからも まだ余震の恐怖はあるわけで
きちんと 備えて うまく地震とつきあっていかないと
いけない そんな自然との共存の状態になっていますよね。
これからは どこで起こってもおかしくない地震。
やはり 備えるしかない。
実際に 今回の震災で たまたま備えてあったアルファ米食べました。
食べることの ないと思っていた 非常食。
数年 きちんと 蓄えたいと思います。
(各家庭に 1個ずつって 少ないよね・・・)
絶対に ないといけないもの。
ろうろく マッチ ラジオ 水 乾電池 懐中電灯
あると便利な物
カセットコンロ ガスボンベ ホッカイロ (すごく役立ちました)
洗口液 (水ないとき 歯磨きの代わりに 役立ちました)
今や 震度5弱なら 落ち着いて行動できます。
震度4以上は きた~って感じで 少し怖いけど 慌てない。
でも これは 家にいる時の話で
外出してたら 怖いです。
自分なりに教訓をいかして
次の1年は もっと成長できる1年にしたいです。
