ということで、ここに、理由を残しておこう
とおもいます
私は7年前に、はじめて第一子を出産しました
その時は本当に無知で
まぁ、私は産めるだろう
産んだら上手にそだてられる
愛情あふれる優しいお母さんになれる
と思っていました
しかししかし
こんなにムラサキいろで、沢山苦しい思いを
させてしまった
めんこい長女ちゃんの産まれた直後の写真⬇︎
陣痛まてどまてどこなくて
41週5日での出産でした
陣痛こないので、入院して
誘発しました
バルーンを入れて、促進剤の飲み薬
微弱陣痛で、進まず
その時の担当助産師さん
「私、はじめてなんですよねー
ソフロロジーって、
わかんないので、経験できてうれしー 」
といいました
そこからというもの
私の彼女への信頼感は





ソフロロジー出産をしようと思い
産院でやっている、講座などに参加して
無理にいきまないで、陣痛の力で産むために
毎日イメージトレーニングしました
そして、いざはじめての出産
とにかく彼女にしたがうしかないのです
「今、技をつかいました
これから一気にお産が進みますよ」
「私はあなたの子宮口の柔らかさや
伸びの良さから、すぐに産まれると
判断しました。
私は判断しましたので、LDRにうつります。」
技ってなに?
しかも全然お産進まないし
部屋の温度は高温で、
暑くて暑くて具合が悪くなり
少し温度をさげてほしいとお願いしましたが、
赤ちゃんが生まれてきたら寒いので
もう産まれるので、下げれないと言う
私は汗ダラダラ
変ないきみ方の指導をされて、
全然お産すすんでないのに、
いきまされる
高温の、室温の中
高温の室温となってすでに10時間以上経過
違う助産師が来た隙に
室温さげてほしいととお願いし
なんとか10時間越しに願いききいれられる
彼女はガンガンと私のベッドにぶつかり
ベッドの上に座り
その振動が痛みを辛くさせ
内診をして
すぐにいなくなる
痛いというと
お父さんに腰さすってもらってと
長い長い苦しい夜でした
しかし、赤ちゃん頑張ってる
私も頑張る
朝になって、勤務交代の時間
日勤の助産師が救世主にみえました
長時間のいきみで、赤ちゃん心拍低下
危険な状態になり
医師3名、助産師4名
吸引とクリステル(お腹の上に乗っておす)
2回の陣痛で、一気にでてきました
頭はボコボコ
生きてて良かった
それから長女ちゃんは保育器に3日はいりました
生きていてくれてありがとう
申し訳なくて、なさけなくて、自分で産んだ気がしなくて
おっぱいも、産まれてすぐにあげれなくて
ようやく抱っこの許可がでたのが
2日目でした
看護師だからわかりますよね?
とおっぱいのあげ方説明はぶかれそうになり
なんとか必死に
看護師なんですけど、成人と高齢者の病棟で、わからないんです。教えてください
と頼んでなんとか教えてもらいました
母乳は全然でなくて
だけど、完母にしなきゃということに囚われ
今振り返ると、本当にボロボロ
病院を退院して、おっぱいもでない
ミルクの量もわからず、身体はフラフラ
長女ちゃんは、泣くタイプで
何をしても大泣きで、雪降る中抱っこでウロウロ
寝かせようと下におくと
背中スイッチですぐにおきてしまい
泣かない置き方を知らない新米母ちゃんは
何の技もなく
ただひたすら抱っこし続け
あんまりにも泣き止まなくて
私が泣きながらパパ仕事中に電話して
帰ってきてもらったりしていました
今では4人の母ちゃんですが、信じられないほど右も左もわからず、泣き虫長女ちゃんに翻弄されたのでした
はじめて、直面した、
妊娠・出産・育児
これは、大変だー
妊娠前から、おっぱいのこと、出産のこと
沢山伝えたい
女性によりそって、人生の中でも
本当に大きな大きな命を産み出す出産に
寄り添って、応援し続ける
助産師になりたーい
と思ったらその思いが止まらなくて
4人の子供達いながら、どうするんだー
とか色々あったけれど
「助産師になりたいんだー。」
と夫に相談したら「なればいいしょー。」
子供達に相談したら「おーいいねー。」
やらない理由なくなりました
そして今にいたるまで、色々な困難があったのですが、いつもミラクルがおきて
無事大学の助産専攻に合格したのでした
しかしスタートはこれからです
長くなったので、続く

