live and death
一応ここは河原、ヒンドゥ教徒は前方の建物の前で亡くなられた遺体を家族によって焼き、供養し、遺骨を川に
流します。そして、いつかここがガンジス川に繋がり、海に繋がりまた新しい命となって転生する、とヒンドゥ教で
は信じられています。
インドのヒンドゥ教聖地、バラナシでもスケールは違えど同じ光景を目にしたよ。
自殺者や亡くなってしまった子供、妊婦は燃やされることなくガンジスに流されてゆきます。
その横で、洗剤をバリバリ使って洗濯している人、沐浴している人、泳いでいる人、体や髪を洗っている人、釣り
に興じる人。(洗剤バリバリの横で魚を釣り上げ喜んでいる子供たち)
あ~、なんでもありなんだね。
生と死が身近だね。
でも、例えネパールやインドで死んでも自分はなるべくっていうかガンジスに流されたくはないかも。。。。
ヒンドゥ教徒のみなさま、ごめんなさい!!
^^
ネパール人はゴミをポイって捨てるって書いたけれど、それは決してネパール人だけの問題ではないような気がする。(みんなポイすることに対して全く悪気がありません!)
ネパールという国家はつい数十年前までは、上を見上げれば8000メートル級のヒマラヤ山脈がそびえ立ち、下を見ればマラリヤ蚊が媒介するインドに繋がるタライ平野に囲まれた小さな国。
軽い気持ちで隣の国へ~、なんて呑気なことは言えず、行き来するのには命がけ。
今だから海外の援助でどうにかなったけれど。
そんな地域でネパリは何世紀も暮らしていたのでしょう。
ゴミなんて意識もなかったかもね。
ゴミといえるものなんて、新聞紙、バナナや果物の皮だったり、巻煙草(フィルター無し)とかさ、捨てても勝手に自然に還るものばかりだったんじゃないかな?
それをさ、自分みたいな先進国?と言われる国から来た人々が親切心?見栄?優越?かわからないけれど便利、簡単、楽って表の面しか見せず持ち込んだものがゴミになっちゃった。
そんな感じがするよ。
みんなビニールや化学物質が自然に還るか、燃えたらどうなるか、有害か、大気汚染か。
そんな事全く知らないんじゃないかな。
だって、そんな事知る教育がないもの。
教育が行き届いていないもの。
親がビニールポイポイしてたら子供もポイポイよね。
一概には言えないけれど、それらを持ち込んだ先進国の責任も少なからずあると思うな。(=健太の責任)
それでお金儲けをしていれば尚更ね。
う~ん、先進国で問題視され売れなくなったものが、教育が行き届いていないような後進国に売られていき、そこで起きた問題はどのように解決するのだろう。。
こんなネパールだけれど、
子供たちの笑顔が、その物たちへの気持ちを一蹴してくれる。
表裏一体。
(--)
なにがって、カトマンドゥは汚い。。
空気も塵や砂、排気ガス(大気汚染世界第2位!!なんて不名誉な!)だらけ。
ゴミが散らばっとる。
みんな掃除するのは自分の家の前のみ。
一メートル、いや十センチの差でもそこまで。
自分に関することだけには口うるさいが。。
窓からでもゴミは外へポイ!ポイ!ポポイッ!
そして、ゴミ拾いもカーストによって決められている。
そう思うと、一概には言えないけれど日本人って最高。ゴミほとんど落ちてないし、気が付いたら拾ってゴミ箱に捨てる人さえおるっての。
日本人で良かった~。(何処の国でも良いけどね!)
あ~愛しのジパングゥ~。
極東の国~。
日の出ずる国~。
島国~。
農耕民族~。
森羅万象~。